09
深夜の騒動から一夜明け日が昇ると益々畑の散々たる様があらわになった。その傍を亜麻色の子供と髷を結った男が立っている。
「近藤さん、何で畑燃やしちまったんですかィ?」
土方達のように食客ではない総悟は大体、辰の正刻に道場に来て七ツ半には自分の家に帰る。だからあの深夜の騒動は知らないのだ。いつものように道場へ来れば、毎朝近藤が世話をしている畑が焼けて無くなっているではないか、総悟は目を丸くして近藤を見上げる。
「焼畑といってな、畑を焼くことで除草と施肥の効果があるんだぞ」
近藤は腕を組み空を見上げる。秋の雲、ほうきで掃いたようなすじ雲が広がっていた。
「収穫間近の茄子まで焼いちまうんですかィ」
「…うむ…」
「焼き茄子にして食べるんだーって言ってた茄子を」
「……うむ…」
「毎朝おいしくなーれって話しかけ続けていた茄子を」
「………うむ…」
「雨風強い日は一日中外に出て倒れないように支えていた茄子を」
「…………総悟君。泣きたくなるから止めて」
近藤の閉じた目の端にキラリと何かが光った。
そんな哀愁感漂う畑を背に土方と井上は深夜の放火犯について話していた。
後をつけた井上の話では土方が睨んだ通り、相手はあの猛猿館の者。こちらを消すつもりで道場に火をかけようと考えたのだろう。しかし奴等は半刻ごとに見廻る番太郎の番助の存在を甘く見たようだ。
「戌の刻から猿共の巣に行こうか」
土方は井上に言う。
「日没後か」
井上は日頃、門下生に剣術の指南をしている。穏和な性格の彼はじっとしていることが苦手で、あれこれ言う割には喧嘩時、ちゃっかりと参戦していた。若く血気盛んな彼らがはしゃぎすぎないようストッパー的な役割を果たしている。
「別に日中でも良いと思うんだが、目立つだろ?」
喧嘩の理由ができ、土方は意気揚々と話す。いつも難色を示す近藤も畑をやられた事で憤っている。これ以上の好機はない。
「こっちから行かなくてもあっちから来そうな気がするけど」
近くで聞いていた原田が土方に言った。彼も久しぶりに暴れられるとあって嬉しそうだ。
「猿が実際何匹いるか分からねぇ。仲間集められて乗り込んで来られたら…俺らは良いが」
そう言い、土方は親指で後ろを指差す。そこには畑をならす近藤と傍らで見ている総悟の姿があった。
「もし日中来られたら総悟がいるだろ?他の門下生もいる。元々評判良くねぇ道場が他道場と大喧嘩始めたらそれこそ評判陥落だ」
「あぁそうか」
そう話す土方と原田。井上は評判を落としている原因の7割方はこの二人と沖田のせいなのだが、と思った。
畑の方を見ていた原田はふと「ん?」と首を傾げ、土方の方を見る。
「じゃあ沖田はつれて行かねぇの?」
「あぁ、まず近藤さんが許してくれないだろうし……まだ早いんじゃねぇかなぁ」
最後は小さい声でボソボソっと呟くように言った。
「あれ?いつも沖田にはそろそろ喧嘩の仕方でもって」
「あぁ…そうだな。でもこう、なんだ?…タイミングっつーもんがあってな」
「結局トシさんも沖田には甘いな」
原田にピシャリとそう言い放たれ、土方は苦々しく顔を歪める。
「永倉はつれて行くとして、藤堂はどうするのだ?」
「あぁ、あいつか」
井上の問いに土方は考える。永倉は喧嘩を売りには行かず、買い専門だ。しかし、藤堂は喧嘩を売りにも買いにも行かない避ける質のような気がする、とただの勘だがそう思った。
「腕は良いけどなぁ。これからここに住み着くのなら良い経験になるし、本人次第だな」
嫌なら嫌で留守番していれば良い、土方は茶を口に含む。
「スーパー総悟ジャンピングアターック!!」
「ぶっ!!」
突如後頭部に蹴りを食らい含んだ茶が噴き出した。前に居た原田がサッと横に避ける。
「アホ土方。これぐらい避けろ土方。それで何が喧嘩だ土方。番助でも避けれるぜィ土方。死ね土方。冬眠前の熊に襲われ死ね土方」
土方の背後で総悟は何故か怒ったような口調でボロクソに言う。プッチーン、と何かが切れた音がした。土方はザクリと木刀の先端を畳に突き刺す。
「…そこの畑の肥料にでもしてやるわァァァ!!!このクソガキィィ!!!!」
土方が叫び木刀片手に亜麻色を追い回す。
「…あぁ…ありゃあしっかり聞かれてたね」
「そうだな」
走り回る二人を見て井上と原田はそれぞれ立ち上がり、巻き添えを食らう前にその場を離れた。
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