律子さんにメールを送ったらしい時彦は再三溜息をついていた。返事はと聞くと、わかったと送られてきたと言う。それだけか。しかし時彦はそれで良かったらしい。ほっとしているようだった。
時彦は薬を一錠飲み、放けてテレビを見ている。対して面白そうでもないが、することもないのだろう。そのうち寝転んで見始める。郁巳も皿を洗いながら、食べきれないような量をばかすかと食べる芸能人に疑問を思う。それを世界中の子供に与えられたらどんなに喜ぶか。この世の中そう考えるのも無粋だという。

「寝るのか?」
「…寝ない」
「だって転がってる」
「ごろごろしてるだけ」

しばらくして、テレビでは洋画がやり始めた。どうでもいい話の類かと思ったがそうでもなく、郁巳の好きなタイプの奴だ。所謂アクションコメディーである。ドリトル先生みたいのが好きなタイプなのだが、一方でSFホラーやら何やらは苦手なのである。静かにビビるタイプでびっくりする。時彦も郁巳程では無いが怖いのは嫌なのであまり見ない。二人の共通の知り合いがそういう系が大好きで、よく連れてかれて静かに半泣きしてしまったのを思い出した。

明日から、そういうことも無いのだけれど。

郁巳は一つそう考えて、その考えをやめた。自分の好きな時彦がつらい思いをするのなら、そのつらさにこの身を投じることなど簡単なことだ。何よりも時彦を愛している自分が恥ずかしくて、一人で顔を熱くしている。皿洗いを終えて、時彦の向かいに座った。面白いかと聞くと、んーと答えた。これは寝るタイプの答えだ。うとうととしている。

「寝るなら布団で寝ろよ」
「……」
「時彦」
「んー…」

仕方がないので既に目を閉じ始めている時彦にほらと言って立つよう促した。珍しい、いつもならすすんで寝室に向かうのに。ここ最近ずっと早くに寝ていたからだろうか。
時彦が目を瞑りながらもよろよろと寝室まで行ったのをちらりと確認してから、郁巳はテレビに向かった。随分と派手な映画である。音を小さくして、それから時彦の薬の中に入っていた薬の説明の紙を読み始める。携帯のネットでも黙々と調べて、パニック障害から薬の名前と副作用、はたは鬱病、躁鬱病強迫症まで様々な情報を目にしておいた。時彦がうとうとしていたのは、もしかしたら薬の副作用かもしれないなと思った。この薬はあまり副作用がないというのがよく見られたが、なるほどそれなら合点がいくと理解する。茶を飲む。また携帯のネットを見る。時彦の症状は、とか、郁巳は夢中になって文字を頭にいれていった。時彦の痛みを知りたい。時彦の苦しみを知りたい。時彦の恐れを知りたい。俺が、時彦をまもりたい。それだけ。それだけで、郁巳は何にでもなれるのだと苦笑した。

ふと気がつけば日付をまたいでいた。あまり夜更かしは得意ではないのだが、夢中になるとこれだ。明日は休みだがさっさと寝ようと思って、知らない番組がやっているテレビを消そうとした。
そのところで、机に置いておいた郁巳の携帯が振動する。メールか、と思って見てみると、律子さんからだった。びっくりしてう、と呻いてしまった。恐る恐る内容を見る。

『時彦は郁巳を一番頼りにしているので、悪いけど面倒見てあげてね。あんたも身体に気をつけてください。』

律子さんはよく時彦の家に泊まりに行っていた時に、かなりお世話になった人だ。胸がつまる。言うならば、律子さんは郁巳のことを時彦と同じくして弟のような存在と見なしているのだ。郁巳はふつふつと沸く気持ちを嚥下して、分かりました、と返事をしておいた。
溜息をついてから、ようやくテレビを消した。目をこすりつつ、寝室に向かう。明日は休みだ、ゆっくり寝ようと思う。隣の布団の中では、既に時彦がこちらを向いて寝ている。幼い顔立ち。髪は少し色が抜けて居るくらいか。前髪が伸びてきた。涙で濡れていた彼は、やはりあまりよくない顔色だった。
郁巳はまたこみ上げてくるものがあったので、ほんの少し眉をひそめた。かわいそうに。かわいそうな時彦。俺が代わってやれたらいいのに。痛みも苦しみも、全部分かってやれたらいいのに。大丈夫。時彦は俺が、まもる。時彦のRPGゲームでは惜しげもなくキャラクターがお前を護ると喋っている。俺は残念だけれど、運命に抗う力も、魔界の血も、召喚獣を出す能力も、なんにも無い。ひたすらに時彦を理解しようとあがくことしか出来ない。息をしようともがく時彦に、俺はあがいてもがいて、手を伸ばす。なんの近道も攻略法もチートも使えないけれど、ひたすら俺は彼を理解して、支えて、温かみを与える。他に何もできないから。時彦のように器用でないから。時彦のように、強くないから。
郁巳は静かに時彦の手の甲を握った。俺たちはここにいることを、知って欲しい。夜の風がカーテンを揺らした。やはり今日は心地良い風がなびいてくる。郁巳はようやく目を閉じた。

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