「精神的なものでしょうね」


駅から病院へ直行。大学への道とは真反対である。再び内科を訪れて、そうして医者から診断書を渡された。これは、精神科へのパスポートだ。ふらふらとして、呆然としたまま病院内の精神科へ回された。ここでもまた発作を起こした。病院で発作が起こるととても対応がスピーディだったと、それしか思えなかった。
自分も、「あちら側」の仲間入りだ。頭のおかしい人間。一線を超えたような気分で診察室に入った。先生は優しそうな人だったと思う。上手く思い出せないのは、先生の顔を見ていないからだ。顔を見合わせることができなかった。
典型的なパニック発作ですね。
カルテにすらすらと文字列を書かれて、あっけらかんと答えられた。時彦は、静かに、はい、とだけ呟いた。

「安心してください、ゆっくり治せば良いですよ」

そうして、全治二週間の診断書と、抗鬱剤を渡された。袋に詰められる。手渡されて、絶望した。鬱。俺は、鬱じゃない。鬱では、ないのだろう?曖昧な思考のせいで、時彦はまだふらふらとしていたためか、受付の女性に声をかけられた。

「大丈夫ですか?一人で歩けますか?」
「………はい」

自分は、歩くことすら心配される人間に落ちぶれた。

ふらふら、ようやく暗くなって来たのにまだ暑苦しい外を、藻掻くように家に戻ってゆく。酸素が無くて、とても苦しいと思った。生きにくいと思った。まだ、ぼうっと、足を動かす作業に追われていた。歩けるよな。俺は、歩けるだろう?

家に帰宅する。中から素足でペタペタと郁巳がやってきた。吐き気を催す、夕飯の匂いと共に。味噌汁の匂いか。不安を満たす匂いだ。前はあんなに美味しそうだと思えた匂いは、今は時彦にとって人の肉を焦がした匂いと等しい。鼻もダメになったのか。

「おかえり、体調は?」

優しさの滲む大きな手は時彦の背中をゆっくりと押して、リビングに引き入れる。優しい郁巳。穏やかな郁巳。彼にたいして恐れるものは何もない。ぷつん。時彦は緊張の糸を切らして、手に持っていた抗鬱剤と診断書を零した。それから、不要になったバックも。

「う、っ、ううう、ぅうああ!あああああぁ!わぁああ!」

時彦は大声で泣き出した。その場に崩れ落ちる。だらだらと破壊された涙腺。掌で掬っても掬っても零れる涙。

「もういやだぁあ!!俺はっ、おっ、俺はっ、おかしくなんかない!あぁあ!郁巳ぃ!郁巳!!そうだろ!?おかしくなんかないのに!っ答えろよ!!なあ!俺は、ヒ、ィッ俺は、俺は!俺は、あ、はぁっ、う、俺っ…」
「時彦」

今日は何度目か、また息を荒げ始めた時彦に、郁巳は口付けた。目を見開き、魚のように息を求めてびくつく時彦の身体を押し倒して、髪の合間を縫うように彼の頭に手を添えた。数十秒という刹那。時彦の痙攣が収まった辺りで口を離す。目から垂れた涙はフローリングと頬の間を通る。ひぐ、と時彦がしゃくりあげて、郁巳の名を呼び、震える手を延ばした。左手。点滴と血液検査を打たれ過ぎて、紫色に染まった左手。それを見た郁巳は悲痛を浮かべて、その手を痛いくらいに握りしめる。

「郁巳っ…」
「おかしくない」
「郁巳、郁巳」
「お前はおかしくないよ」
「怖い」
「大丈夫、俺が居てやる」

郁巳は笑ってやった。大丈夫。零された薬と診断書。控えめな文字で、パニック障害と書かれていた。時彦は好きだと言った。ここで言われると思っても無かった郁巳は、一つ十分に驚くためにおいてから、俺もだよと答えた。長い非日常の幕開けである。

where is my place for breathing ?
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