「世界が終わりを迎えたようで御座います、宮田さん」

そうみたいだ、と宮田は返した。真っ暗な空に、まばゆくて、目を閉じてしまいそうなくらいの大きな大きな星たち。宮田はしっかりとした判断ができなかったので、彼女に聞いた。

「君、やはり僕は死んでしまったのかい」

大きな大きな星たちは、からからと音をたてて落下してゆく。まぶしくて見えない空。真っ暗なのに、チカチカしていて、なんだか変だと思う。ただ元々世界が終わった世界だ。変だとか、変でないとか、そういうことは通用しないのだ。

「さて、わたくしにはとんと、判断もつきかねます次第で」

慇懃無礼も甚だしい。嫌味ったらしく微笑み、彼女も上を向く。からからと落ちてゆく。宮田は何時の間にか持っていたコオヒーを啜る。この世の中、悪も正義も入り混じった世の中。宮田は世の中を疎んでいた。生きにくい世の中だと思っていた。宮田はこの辺では最も裕福であった。だから宮田はコペルニクスの地動説、トスカネリの地球球体説のことが長々と書かれていた地学の重たい本も沢山持っていたし、もっと言えばゼリィやシュークリイムも食べたことがある。世界のことは大体、知った気でいた。しかし宮田は知ってしまった。その先、ずうっと先のことを。自分の家は、ここらじゃ確かに威張れる程度の金はある、しかしもっと地域を広げると?世界に比べて?そういう風に視野を広くすればするほど、宮田は辟易とした。なんて上手くいかない世の中だと思っていた。

「君、コオヒーは好きかい」
「わたくし、飲んだことなどありません」
「飲んでみなさい」
「そんな、飲めません」
「どうして」
「宮田さん」
「君、確かにコオヒーのカフェインは刺激的だけれど、物は試しと言うだろう」
「出来ません」
「君も、相当な業突く張りだね」
「宮田さん」


わたくし、死んでおりますことをお忘れで御座いますか。

ペキペキ、ビキビキと亀裂が入る。カラカラと空から星が降る。あんまり沢山降るものだから、空から灯りが消えてゆく。硝子の割れたような音が耳障りだ。崩壊。美しき知識の源である、星々は真っ逆さまだ。光とは何だったのか。宮田は酷く笑えた気がした。黒になる。黒になる。黒になる。無になる。

「そうだったな、君は死んでいた」

コオヒーを啜った。世界は泥のように、コオヒーのように厚ぼったい黒に染まってゆく。彼女は急に溶け出した。足から溶けて溶けて、黒になる。ああ、きみはコオヒーになったのかい。そうなのかい。

「しかし、宮田さん。わたくし思うのです」
「なんだ」
「宮田さんには生きて頂きたく存じます」






うつらと目を開けて、絶望した。どうして、生きているんだろう。
宮田はがんがんと唸る頭を抑えて起き上がった。豪邸の畳に寝転がっていた。そこには星ではなく、無数の薬がばらまかれている。
宮田はあの女を想った。一昨日、宮田の下女が死んだ。その下女は、静かで、頭も良く機知の効く女であった。宮田は彼女を気に入っていた。おおよそ、それが愛というものであったのだろう。彼女は宮田の光であった。鬱屈した辺鄙な地域の中、崇められるように慕われ続ける宮田は、世界に辟易していた。世界は上手くいって居なかった。だけれど彼女、腕や足は細く色白な彼女が、宮田の邸に来てからは世界は移ろいを見せた。彼女の頭は酷く出来が良い。頓知も何もかも、さらりと返されてしまうのが、心地良かった。5年前のことだ。
そして一昨日下女は死んだ。
ころっと死んだ。バカバカしいくらい、何の看病もさせてくれずに死んだ。宮田の世界も終わった。気が狂えた。宮田が大好きであったコオヒーも、全く味のない泥水のようで、世界は真っ暗で、その癖毎日のように呪いのような声は玄関の外から聞こえる。

終えてしまおうと、思ったのに。

世界が終わったならば、自分も終わろう。終わりを迎えようと思ったのに。君にそうも言われては、僕は、主人として果たさねばならないではないか!
宮田はおお痛い、と呟きながら、ぶちゃかった薬をおもむろに拾い始めた。そして、ふと思い出したかのように、散らばった錠剤を畳の上を滑らせる。

「しりうす、べでるぎうす、ぷろきおん、…」

( 宮田さん、発音はベテルギウスで御座います)
ぽとりと、星が降る。宮田は泣いた。

「君はもう、居ないのだな」

世界が終わる、星が降る
material.nugget
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -