過去+夢路



その後はひたすら賑やかだった。
Nがポケモンたちと子供のようにきゃいきゃい騒ぎながら、
私の試着後の写真を撮っていた。
幼いNの顔は、普段静かに微笑むあの表情とは想像もつかないほど
かけ離れていて、子供のようなあどけなさを感じた。

「ナデシコ…ナデシコったら。」

Nがぐいぐいと私の服を引っ張る。

「あっ ごめんねN。どうしたの?」

さっきからNは私のことを呼んでいたのか拗ねたように眉が寄っていた。

「さっきから呼んでたのに…ナデシコは時々ボクの話聞いてないよね。」

「ほんと、ごめんって。そんな拗ねないで。」

謝りながらNの頭を子供をなだめるように撫でると、しぶしぶ納得したのか
拗ねて寄っていた眉が次第に元に戻っていった。
これが誘拐犯と被害者のやりとりだと思うと滑稽だ。

「だから、もうすぐ夕飯だから…その後に話があるんだ。」

夕飯を食べ終わったらボクについて来て、とNは続けた。

「分かった。」

私はNはきっと大事なことを何か私に話すんだ、と直感で感じ取った。
それが何かは分からない。
でも、耳鳴りが少ししたということもその直感が確定へと変わった理由の一部だ。
もしかしたら城を崩すとかかもしれないし、
もしかしたら今からお前を殺してやるなんてこともあるかもしれない。
今まで友人同然に接していたけれどNは誘拐犯なんだということを
再確認すると溜息をつきたいような気分にもなった。
まあこんな所で考え込んでいてもお腹は減るだけだし
とりあえず行こうかとNと一緒に笑い、食堂へと歩き出した。

食事はやっぱり豪華だった。朝食に比べたらもう何倍も。
ムンナは試着をしている途中返してもらえたので一緒にご飯を食べた。
たまごはまだ生まれそうにも無いけど、もしかしたら生まれる日も
そう遠くないかもしれない。
Nと目が合えばそれが合図のようにNがごちそうさまと言って立ち上がって
私の手を引いて長い長い廊下をぺたぺたと歩いていった。
その足はある一室で止まってNがドアを開けるとそこはなんとも言えない
空間がぽっかりと広がっていた。
子供部屋といえば子供部屋なのだが、普通の子供部屋とは何かが違った。
誰かの欲望と、誰かの悲しみと、誰のかも分からない狂気が
確かにそこには見えない形だけれども存在していた。

「……ここは、ボクが幼かった時に居た部屋。」

Nがぽそりと呟いた。私に言ったのだろうけど、独り言のようにも聞こえる。
その声は誰かに説明するにしてはあまりにも寂しすぎた。

「そうなの……それで、N…話って?」

あまり部屋については触れないほうがいいのかもしれないと私は思って
話題を次へと進めた。そんな気遣いは無駄だったと後で知ることになるけど。

「ボクのナデシコと出会う前の話をしようと思って。」

と私の問いかけからしばらく間をおいてNは答えた。
ここからは私は言葉を発することなく、ひたすらに話を聞いて、頷いていた。
Nの生い立ち、環境、能力、プラズマ団の解散前にあったこと。
それらは全て涙が出そうになるくらい辛いものだった。
でも、私は同情は出来ない。
私とNでは環境があまりにも違いすぎるから
ここで可哀想だと言ったってそんなのは戯言のようにしかならないと思った。
耳鳴りが途中途中でして、夢の内容が頭の中に流れ込んできてもした。
しかしそれらは全てNの思い出と繋がっていて、私は悪夢ではなく
Nの思い出のひとつひとつを辿っていたのだとようやくそこで気がついた。

「…そう、そんなことがあったの。」

私の返事はNの過去を語る言葉達は役目の終わりを告げた。
Nがこくりと頷いてくしゃりと笑った。
悲しいはずなんだから無理して笑わなくてもいいと言うと、Nの瞳から
ぽろぽろと大きな涙が零れ落ちた。
涙は宝石のように部屋のあかりを反射してきらきらと輝いていた。
まるで、過去の悪い思い出を全て浄化させていくように。
私は言葉を発することも出来ずに涙を零すNの頭をただ黙って撫でていた。