涙粒+試着



Nはその店にあるありとあらゆる服を素早い手つきでかごに放り込んでいった。
何を基準にしているのかと問えば好みと言われて、
それ以上は何も言えなかった。気力も失せたと言った方が正しいのかもしれない。
そんな選び方で大量の商品を買い物かごに放り込んだものだから
当然会計ではものすごい値段になって、慌てて財布をとりだそうとしたが
財布も持ってなかったのに気づいた。だって最初の目的は散歩だったから。
ものすごい値段になったのにNは本当に涼しい顔をして
すぐにその額の紙幣の数々を取り出し、支払いをした。
店員さんも目を丸くしてNと紙幣を交互に見ていた。
レジの機械の中にその紙幣を押し込んで3人がかりで紙袋の中に丁寧に畳まれた
商品の山を詰め込む姿が必死すぎて痛々しすぎて謝りたい気持ちにもなった。
ショッピングモールから出た私とNは大量の紙袋を抱えている。
するとショッピングモールのすぐ横に、大きな車がとまっていた。
ただでさえ狭いのに、さらにショッピングモールの近くが狭くなっている。

「N、あの車って?」

「ああ…迎えに来たんだ。」

いいって言ってるのに、とかぶつぶつNは呟いている。
どうすればいいのか分からずにただ広そうな車を見ているとドアが開いた。

「N様、ご無事ですか!」

「ナデシコ様も、ご無事ですか!」

どたどたと騒がしくNの部下らしき妙な格好をした二人は出て来た。
水色のなんと呼べばいいんだろう、この衣装は。
ともかくニュージャンルの衣装を着た二人が私達の周りを囲む。

「大丈夫だよ、迎えに来ないでもいいのに。」

Nが言うとその部下達は眉を寄せて困った顔になった。

「ご遠慮なんてなさらないでください、N様!」

「わたくし共はN様の為ならどこへでもついて行きます!!」

私はやはりNのオマケなんだということを痛感せざるをえない言葉だった。
元から彼らの意中に入ったとしても何も出来ないからそれでいいけど。

「…あの、N……この人達は?」

いつまでも囲まれていても友人達の視線が痛く、熱いだけなのだ。

「ああ…ボクの部下達だよ。迎えに来たんだよね?」

Nが部下らしき人たちをちらりと見ると大きく頷く。
詳しい説明が欲しかった気もするけど、それは帰ってからでも聞ける。

「それじゃあ、行こうか。」

「「はい!」」

Nの部下達は私達ときらきらとした笑顔で車へと向かっていく。
このきらきらとした笑顔が、私はこの世で2番目くらいに苦手だというのに。
1番目はその時には咄嗟に思い出せなかった。
もしかしたらそれほど嫌いではないのかもしれない。
でも嫌いだと私の本能がうるさく叫んだために私はそれに従うことにする。

車は予想通り広かった。運転席と助手席にNの部下が座って、
後ろに私達が座るにはあまりにも広い。

「この車はN様が幼い頃からお一人でお座りになられてた車なんですよ。」

部下の一人が無言で車を走らせていた中、口を開く。

「へえ、そうなんだ。久しぶりだね。
でも、この車はとっくの昔に修理にだしたきりじゃなかったの?」

ふふと笑うNの部下とは正反対に、一瞬ひどく悲しそうな顔をしたNが見えた。

「それがゲーチス様の勘違いだったようで、この間車庫から出てきたんですよ。
わたくし達なんだか懐かしくなって引っ張りだしてきちゃいました。」

そんなNを二人とも見ていなかったように二人は幸せそうに微笑んだ。
小さい頃から一人でこんな二人で座っても広い席に、
小さな体一人きりで座る時どんな気分だっただろうかと考えれば
答えは容易に弾き出された。悲しくて、寂しいにきまっているだろう。
それがどんなに苦しいことか分からずに二人は笑っているのだ。
気がつけば、私は自分の手のひらを強く握り締め、
ぼろぼろと私の目から熱いものがこぼれ落ちていた。それは紛れもない、涙で。

「どうされましたか、ナデシコ様…?」

不安そうな表情をして、彼の部下達も、彼も戸惑っていた。
心配をかけてしまうから人の前で泣いてはいけない、と誰かに昔教わった。
それをずっと守ってきたのに、今私はどうして泣いているんだろう。
いくら言葉でそう言われていてもそれを超える感情の前では、
そんな教えは無駄だと涙に嘲笑われている気さえしてくる。
私は結局Nの城に着くまでずっとずっと涙が止まらなかった。

Nの城に着いてから、私は直ぐにNの部屋に案内された。
Nが優しく、泣き止んでもまだ私の背中をさすってくれている。

「ごめん、ごめんねN。」

頭の中が真っ白で、そう私は精一杯気力を振り絞って言った。
枯れた声がやはり広すぎる部屋の中に、からんと響いて、消える。

「いいんだよ。ボクこそごめんね。」

きっとNは私の何に謝っているか、分かっていないことだろう。
うっすらとした声を放って言った。でもきっと謝らずには居られないのだろう。
長い、長い間ぼうっとしていたような気がする。
Nが私の手をとって、わざと空しく、明るい声で言った。

「買ってきた服、見てみようか。」

気分じゃないのは知ってのことだろう。
でも私はそんなNの気遣いがとても嬉しく、すぐに頷き立ち上がった。
好みといってもあのかごに入れるスピードは尋常じゃなかったから
きっとぱっと見てちょっとでもいいなと思ったらすぐにかごに放り込んだに違い無い。

衣装部屋に行く途中に、
さっきの部下達はプラズマ団という組織の一員だことを、Nが教えてくれた。
へんな名前にへんな格好。髪型も決まっているように皆同じ。
髪型に関する規則は無いらしいけど、自然とそうなったんだと言っていた。
そんなNはそのプラズマ団の王様で小さな頃からそれは決まっていたんだ、と。
今度私に見せたい場所があるらしいけどそれが何かは結局教えてくれないまま
私達は衣装部屋に着いてしまった。

「広い…。」

いつものことながら広すぎる。
絶句はもはや私のNの城の一部を見たときの反応テンプレートに登録されているようだ。
それほどにNの城は豪華で広くてもちろん衣装を置くだけの部屋のはずの衣装部屋も
隅から隅まで凝った装飾が施されている。

「城の中では狭いほうだよ。衣装部屋だからね。
ナデシコの服は確かこっちにしまったって言ってたと思うから、ちょっと待ってて。」

そう言ってNは少し遠くにある一つの引き出しを漁り始めた。
プラズマ団って、確かポケモンを開放させてどうたらとか言ってたような。
解散したって風の噂で聞いたけどなんでまだ城は残っているんだろう。
もうすぐ無くなるんだろうか。無くなったらNや部下達はどうするんだろう。
私はいつまで天蓋付きベッドで眠り、シンデレラごっこを続けるのだろう。
そもそも誰が解散させたのかすらも分からない。誰が解散させたんだろう。
Nのことはここ二、三日で結構知れたと思っていたのに、
実際に思い浮かべてみると疑問だらけで情報の糸が繋がらない。
途切れ途切れになった短い糸がこんがらがってそこで全てが終わるだけで。
いつか、話してくれる日が来るのだろうか。過去のことも思ってたことも全部ひっくるめて。
Nが抱えた洋服をばさばさといわせながら駆け寄ってくる。

「思ったよりたくさんあったよ。他にもクローゼットとかにも入ってるらしいから。」

Nはそう言いながら私の前に服をずいとやって、着たときのイメージを膨らませているようだった。

「楽しみだね。」

「…今から着るよ。」

無言で早く着ようよとでも促すかのようにじっと見ていたNに気づいて私は適わず声を漏らす。
もしかしたら何か思うことがあるときにNはその対象をじっと見つめる癖でもあるのかもしれない。
そう思ったらNに一歩くらいは近づけた気がして嬉しくなった。
さっきまでの涙はどこへやら私は足取り軽やか、
スキップでもしそうな勢いで試着室へと向かった。