浮遊+思考



今日はベッドから転げ落ちて目が覚めた。
後味の悪い夢を見ることも無く、最近にしてはすっきり起きたほうだろう。
あの青年の笑いをこらえる顔は大分目に焼きついたけど。
昨日のうちに名前を聞いた、Nというらしい。私も名前を名乗っておいた。
敬語もいやだと言われたから遠慮なくいつも通りの言葉で話させてもらおう。
昨日借りたお風呂はとてつもなく広かった。広すぎて絶句した。
ここに来てからの絶句の数々をよく私は覚えていたけど、
今現代に王様が居るとすればそんな設備は当然なんだなと納得できる。
しかし一般庶民の私がこんなとこに拉致られるのは腑に落ちない。
いつもだったらムンナといつもの子たちと遊んでタマゴもつれて散歩して
夕飯作って食べてお風呂入ってどうでもいいテレビ見ながら笑って、
そうして一日を終えるつもりだった。
なのにいきなり拉致られてうんぬんかんぬん。お姫様なんて冗談じゃない。
結婚するなら普通の人、というのが私の誰にも話すことのないポリシーで。
別に友人が居ないから話すこと無いってワケじゃなくて、
友人達が騒ぎすぎなのだ。出会いだの恋愛だの結婚だのぎゃあぎゃあと。
この城がどこにあるのかも分からないから、友人の存在は今は忘れておこう。
思い出したってさみしさがこみ上げてくるだけでいいことなんて無い。
いつもこうやって大切だったはずの友人を切捨ていたな、私は。
もうどうしてこんなマイナス思考に進んでしまうんだろう。

そうこう考えてるうちに着替えも朝食も何もかも終わっていた。
朝食もやっぱり豪華だった気がする。Nが何か私に話しかけていた気がする。
考え事に夢中で曖昧な返事だけで何もきいていなかった。Nに謝ろう。
そんな私は今Nに手を引かれものすごい広い玄関に到着したわけだけど。

「それじゃあ、行こうか。」

「どこに?」

そうだ、さっきどこかに行こうとか言っていた気がする。
うん分かったとか言っておとなしくついていけばよかったのに、
なんでこんなこと言ってしまったんだろう。

「やっぱり話聞いてなかった。ついておいで、ついてくれば分かるから。」

でもNはまた笑みを浮かべてじゃあ行ってくるよと部下の一人に言う。
Nがポケモンに跨って、私もそこに乗るように促した。

「N、このポケモン確か…。」

「そう、ゼクロム。ボクの大切なトモダチだよ。」

そうじゃなくて、そうじゃない。
私が聞きたいのはトモダチとかトモダチじゃないとかその次元の話じゃない。
なんでNが伝説と呼ばれるゼクロムを従えてそれに乗り今空を飛んでいるかだ。

「…なんで伝説のポケモンを、っていう目をしているね。
ゼクロムとトモダチになったのは遠い思い出のことだから気にしないでいいよ。」

「うん、分かった。」

Nの背中は理由を聞かないでほしいという風にとても強く見えた。
寂しそうで苦しそうな背中だった。
ひょろりとしている風に見えてもがっしりとしていて男ということを感じさせる。
少し時間が経ってNが振り向いて言った。

「ゼクロム、もうここらへんで降ろしてくれ。…さて着いたよ。」

Nがゼクロムをボールにしまい、私と一緒にすとんと降りた。
浮遊感が消えうせて少し重力を感じ、体が重い。
着いた道を見渡すとそこがよく知っている町の近くだということに気がついた。

「ここって、9番道路。」

「そうだよ。ショッピングモールで、ナデシコの服を買おうと思ったんだ。」

「服、買いに行こうって言ってたもんね。」

「そういうこと。」

そう言ってNは軽やかにショッピングモールへと歩いていってしまった。私も後を追う。
…わたしはよく9番道路に訪れていた。位置ならヒウンとあまり変わらないけど、
どうしてもヒウンの高いビルの群れと人の多さが嫌で人の少ない9番道路を
訪れてはショッピングモールへと足を運んだ。
時々視線の合ったぼうそうぞくに絡まれたりもしたが、彼らは皆いい人で今では友人だ。
ただ、毎日だらだらするのはよくないとは思うけど。
さっきも視線が合って手を振って私は中へと入っていった。

ショッピングモールは外の9番道路よりもちかちかしていて、眩しい。
ライトももちろんのことだけど、私の横を過ぎていく人皆の笑顔がもっと眩しい。
誰もが皆とても幸せそうに笑っている。

「大丈夫?ナデシコ。」

Nが困ったように笑った。彼も私と同じ感情なようだ。

「うん、平気。」

私はNの隣について一緒に歩いていった。
歩幅を合わせてくれてるのが一目で分かった。さっきよりも歩幅が小さい。

「私に合わせないでいいよ。」

と私は言った。

「ボクに合わせないでいいよ。」

と悪戯っぽく目を細めて、Nは言った。と思ったらいつもの洋服屋に着いていた。
本当に、Nと居るとなんだか時の流れがはやいように感じる。
でもそれは誰とでも一緒に居れば感じることなんだろう、きっと。

「ここが、私がいつも来るところだよ。」

私がそういうと、Nはそのお店の看板を見つめた。
じっとNは何かを考える様子でその看板を見つめ続け5分くらいは経っただろうか。
Nが口をやっと開く。

「ここが、そう、ふうん、そうなんだ。…じゃあ、入ろう。」

その言葉は何か自分に言い聞かせているようでもあり、
私に言うには用件が非常に伝わりやすくシンプルな言葉だった。

「うん。」

私は一つ返事で店の中へと入って行く。
休日だからだろうか今日は少し混んでいたから人を避けて。まあ、ヒウンほどじゃないけど。