覚醒+案内



遠く 遠く
何かの叫ぶ声がする
振り向いたあなたは、

***

「!」
また後味の悪い夢で意識が覚醒した。
じっとりと冷や汗で汗ばんだ体はとても心地悪い。
体を起こそうとすると違和感を感じる。
それは景色、天蓋付きベッドなんて買った覚えは1mmも無い。
昔のおとぎ話にでも出てきそうな暖炉に上質そうな皮の大きなソファー。
それでもまだ部屋のスペースには余りがあって、
そこには見るからに価値のありそうなボトルシップやらが所狭しと並んでいた。
こんな部屋に住んでなんかも居ないし、そういえば、ここはどこなんだろう。
気絶したのはいいけど…いやよくないけど。
不意に腹部の痛みがじくじくとぼんやりとした意識を刺す。
お腹、あの訳の分からない青年におもいきし殴られたんだっけか。
広い部屋を見渡すと豪華そうなものばかりがずらりと並んでいる。
普通の場所に、天蓋付きベッドなんて無いからそれもそうだろう。
耳鳴りは大分マシになって距離で言うなら10mくらいは遠ざかった。

コンコン、とノックが部屋に響く。
私の部屋でも何でもないから勝手に入ったっていいのに。

「おはよう。調子はどう?」

入ってきたのはあの青年だった。
耳鳴りがまた少し騒ぎ出す。この青年に何かあるのだろうか。

「…えっと。」

自分から殴っておいてなんて、という言葉が出そうになったが
その言葉を無理やり酸素と一緒に飲み下して戸惑いの言葉を発した。

「自分から殴っておいて、ここはどこ、きみは誰、どうしてここにって言いたげな表情してる。」

青年は室内だからだろうか帽子を外していて、整った顔立ちも無造作な髪も
すべてがはっきりと見える。
そしてそう、まさしくそれだ。広すぎる部屋に男女二人はあまりにも無駄だし、
いきなり殴られたかと思えばわけわからないこときいてくるし、
どうして私がここに居るのかすらも分からない。
私が思考をすっぱりと見事全て当てられたことに唖然としていると青年は言葉を続けた。

「キミのトモダチが教えてくれたんだ。
ここはボクの城だよ、ぼくはN、所謂誘拐ってやつかな。」

言葉も出ない。トモダチも城も誘拐もなんのことだかさっぱり分からない。
私の親も私自信も誘拐されるような喧嘩を誰かに売ったことも無ければ
怪しげな知らない青年に情報を売るような友人も持っていない。
城なんて本当におとぎ話のようだからそれは絵本の中だけにしてほしい。

「危害を加えるつもりは無いから大丈夫だよ。」

「どうして、誘拐なんて。」

こんな青年がなんの理由も無しに人攫いを働くなんて到底思えない。
それに危害を加えるつもりなんて無いと言ってももう腹部を殴られている。

「実を言うと、ボクのお嫁さんになってほしいんだよね。」

笑みを浮かべてさらっととんでもないこと言いやがったこの青年。
突然殴られたと思えばお城とやらに拉致られてトモダチうんぬんかんぬん言われて
そんな男に結婚を申し込まれるシンデレラストーリーなどあっていいはずない。

「お断りします。」

「ええっ!どうして!」

もしかして、もしかしたら自分のしたことがよく分かってないのかもしれない。
こうなると厄介だ。筋金入りの電波青年の花嫁なんて真面目に勘弁してほしい。

「…とりあえず、私はどうすれば?」

「うん、ここで暮らせば大丈夫。服は明日買いにいこう!」

ああ駄目だ、周りにぽわわーんと可愛いお花が飛んでいらっしゃる。
確か最近知り合った友人にこんな子、居たような。
しかしこんな青年が、やめたげてよぉ!なんて叫ぶシーンは到底想像できるわけもなく。
ベッドから身を乗り出して地に足をつけると、思ったよりも私の平衡感覚は無事だったらしい。
病人特有のふらつきも無くすんなりと立てた。
さっきから汗が気持ち悪い。できることならお風呂を借りられないのか。

「あのう、お風呂…」

思ったより弱弱しい声を放った自分におどろいた。
さっきの会話のときより遥かに弱くて、途切れそうな声。
青年はその声が届いたのか、じゃあついてきてと私を案内しはじめた。