散歩+気絶



午前4時、妙な暑さと汗で目が覚める。
夢の内容なんて覚えてないけど後味の悪い夢だったということだけはよく覚えている。
もう一度寝るのにも、微妙な時間だしなあ。
もしかしたらもう一回寝たら次こそ夢を覚えているのかもしれない。
でも夢の内容はとても思い出したくない。
なぜかと聞かれたらなんとなくとしか答えられないけど、
私の当たるようで当たらない直感がそう告げていたから。

じわりじわりと蒸すような暑さに私は耐え切れなくなって
思い切りかぶっていた布団をひっくり返す。
一瞬涼しくなるかとは予想したけどそんなのはやっぱり気のせいで
ぬるい風が私の髪の僅かな隙間を駆け抜けていった。
しばらく上半身だけを起こしてぼうっとしていた。
目はすっかり冴え切ってしまって寝れる気配の欠片も無い。

私は度々、こんな時がある。
二ヶ月に一回くらいのペースで後味の悪い夢を見て、
二ヶ月に一回くらいのペースで冷たい汗で目が覚める。
病院にも勿論行った。
結果は全て異常無しだったということに酷く落ち込んだ遠い思い出。
だからつい最近私なりの、解決策を考えついた。
気が紛れるだけだと分かっていても気分が楽になる。
私はベッドから降りて着替えを取り出す。
こんな時、必ず私はいつもの道の散歩へと出かけるのだ。

のろのろと早すぎる朝食をとって準備を終えた頃、朝日は今頃顔を出した。
今頃というのも自分が早すぎたのだからおかしいけれど。
薄着で外に出るとさっきの蒸すような暑さとは打って変わって、外は予想以上に涼しかった。
この町、ホドモエシティは今日に限ってがらんとしていて、
もう朝日が顔を出したというのに人の気配すら感じない。
左上に歩いていくと町とは違っていつもと変わらない風景の6番道路がすぐそこにあった。
少し草むらが多いのがめんどくさいというだけで、
その他の点では自然が溢れとても安らげる散歩にはうってつけの場所。
まだ野生のポケモン達も眠っているらしく昼時に訪れれば騒がしい鳴き声や
トレーナー達がバトルをする声も聞こえないまま静粛が辺りを包んでいる。
野生のポケモン達を起こさないようにと若干忍び足で歩いていると
少し先の草むらの中の人影に私は気づいた。
こんな朝早くから一体どんな人なんだと興味が沸いて来て、
せめて顔だけは見てさっさと帰ってしまおうと近づく。…目がばっちり合ってしまった。

「お、おはようございます。」

男だった。挨拶をしてみても返事もせずにこっちを目を見開き見つめたまま固まっている。
このとき私の中で何かが蠢いた。例えとかでは無く本当に。
ざわざわざわと脳が何かの信号を出してきて警報のような耳鳴りな鳴り響く。
このどこかで聞き覚えのある耳鳴りはもしかしたら夢の欠片かもしれない。
あの何度も繰り返し繰り返し見る後味の悪い夢の続きオア、
ばらばらに散らばったその夢の中の1ピース。これもやっぱり私の直感。

「こんにちは。」

ふわりと笑ったその男は緑の無造作に伸ばしたような髪を後ろに一つにくくっていた。
帽子を被っていてその上俯き加減なものだから目元はさっきのようにはもう見えない。
それでも歪めた口元だけで微笑んでいることが分かった。本心かどうかはともかく。

「…キミ、夢の。」

男は男というよりはよく見たら青年、という言葉が丁度いい位の外見年齢をしていた。
というわけで言葉を青年、に変えることにする。
その青年は口を小さく動かしてそう呟いたのだ。確かに、夢と。
耳鳴りがさっきより更に近くで鳴っているという感覚がはっきりと分かった。
またパズルの1ピースがぱちり、とはまる。気がしてる。
この青年とは関わるな、と私の確たる証拠も無い直感が体に信号を発して
それが全身に信号を放っている。ぱちぱちと信号からの電気が私を蝕んでいく。

「夢の…?」

嫌な予感がする、なんて言葉はこの為にあるに違いない。
問うてみれば青年はまた口元を歪めてモンスターボールからポケモンを出した。
今私の所持しているポケモンは昨日捕まえたばかりのムンナと、
すぐ近くに住んでいる女の人がくれたなんかのポケモンのタマゴだけ。
しかし青年が繰り出したのはチョロネコだった。
私の直感は当たったり当たらなかったりだけど、悪い予感だけはいつでも当たる。
白旗も無いからそのまま何も持っていない両手を挙げれば、
青年は1歩2歩3歩と私に近寄ってきておもむろに私のお腹に拳を食い込ませた。
…耳鳴りと共に感じた腹部の痛みにグッバイ、今から私気絶します。