コトノハ。 | ナノ


▼ダイフンカ。


ポッドside。

昼時、今日はいつもよりもなぜだかかなり賑わっていた。
元々昼時は忙しいのに更に忙しくなるからもう逃げ出したい位だ。
次々と鳴る注文のベルに対応が追いつかない。人手不足はこういう所で不便だ。
……ナマエを出すしか無いか。
水を注ぐくらいならきっと不器用マスターなナマエにも出来るだろう。
厨房へとなるべく早歩きで行く。

「おーいナマエ!」
「え、ど、どうしたの?ポッド。」
厨房で料理を作っているナマエが首を傾げる。
「あれだ、いやそれだ、水注ぎにいって来い!」
「でも…。」
「人手不足なんだよおおおおおおおおおお!!とにかく行って来いっ!」
そう言ってナマエをポットとコップを持たせて厨房から追い出した。
料理はナマエを抜いても人手が足りるからそいつらに任せておくことにした。



ナマエside。

わたしは勢いよく厨房から追い出され、ぽかんとした表情を浮かべていたと思う。
ってなんだこの数は。いつにも増してお客さんの数が多い。
後で理由を聞いておこうと脳の隅にメモして次々と入ってくるお客さんの水注ぎに励んだ。

こぽぽぽぽぽ…。
わたしがすっかり慣れた手つきで入ってきたお客さんのコップに水を注いでいると、
突然机ががたんと揺れた。お客さんである男はすまし顔をしているが蹴ったんだな、とすぐに分かった。
ぴちゃり。
その衝撃で水が少しその男のズボンにかかる。

「も、申し訳ありません!」

わたしは咄嗟に謝った。元々は確かに男のせいだけど。
みるみる顔を真っ赤にする男。次のアクションもすぐに予想が付いた。

「お前、ふざけているのか!!」

男はわたしにかなり大きな声で怒鳴り散らす。
店中の注目を再び浴びることになった。この分だとポッド達にも聞こえているだろう。
その後も男は怒鳴りながらぐずぐずと何かを言っている。
この店は客に対してこんなことをする店員しか雇えないような質の店なのか、だの
大体雇ったのは誰なんだ、コイツの何を見て評価したんだか分からない、頭がおかしいだの。
わたしの悪口ならまだ耐えれる。それでも、コーンたちのことを
頭がおかしい、なんていう扱いをするのはどうしても聞き逃せなかった。

「お客様、確かに水をこぼしてしまったのはわたしのミスですがこれは当店の質には何の関係も無いわたし個人のミスです。」


そのわたしの言葉に更に苛ついたのか、男が次の言葉をわたしに吐き出そうとした瞬間、

「パァン!!」

男の頬から発された乾いた音が店中に響いた。
わたしが驚きに声も出せずその、男の頬にすばやく平手打ちをした人物を見る。
あ…オムライスの子だ。タカスギさんだっけ。

「なにすんだテメエ!」

「「なにすんだ」はこの子が言う台詞でしょう!私見てたんだからね!
アンタわざと机の脚を蹴って、注いでた水こぼした癖に!」

タカスギさんが声を張り上げた。そのとおりだ。タカスギさんのように見ていた人は他にも居たらしく、何人かの人がうんうん、と頷く。

「そんな事あるわけねーだろーが!コイツが勝手にやったことだ!」

男がわたしを指差した。人に指差すなんてとことん失礼なお客さんだ。

「オイッ!タカスギお前も客なんだからそれ以上ソイツと関わるな!」

突然ポッドがぐいっと乱暴に宥めるように入ってきた。タカスギさんは黙って身を引く。

「こんなに見てる人が居るんだからさっさと正直に言ったほうがいいんじゃねーのか?
それに、関係ないことにまで、ぐずぐず言ってんじゃねえよ!
お前にオレ達の何が分かるんだよ!何1つ知らないだろ!
コイツの作る料理、めちゃくちゃ大好評なんだぜ!
ちゃんといいところも考えて雇ってるんだから、そんな事言うもんじゃないだろっ!」

そうポッドが声を張り上げると、男は言い返す言葉が無くなった様で無言で店内と睨めっこをしていた。
がたっと男は立ち上がる。まだメニューをなにも頼んで居なかったためすぐに外に出て行った。



あの一件が片付いて、わたしはまた休憩を入れてもらえることになった。ポッドと一緒に。
こんなに甘やかされてばかりで大丈夫なのかと本当に不安になる。罪悪感がさらさらと砂時計のように心に積もっていく。

「……気にすんなよ。」

今まで黙っていたポッドが、口を開いた。休憩のことなのか、男のことなのか分からない。

「…どっちを?」

「どっちもに決まってんだろ。」

ポッドが呟いているのは珍しい。
いつもなら短パンこぞうの様に叫びながら野原を駆け回っているイメージがあるのに。
ポッドは、わたしの頭をぐしゃぐしゃに撫でた。

「その髪型、案外似合わないのな。」

「似合うと思ってやったの!?」

つい突っ込みを入れてしまう。そりゃあこんな野良犬のような、
ぐしゃぐしゃヘアーは似合わないだろう。

「んもう…髪ぐしゃぐしゃにしないでよ。仕事残ってるんだからね。」

「悪い悪い。しょーがないだろ!なんかナマエが凹んだような顔してたんだから!」

驚いた。いつの間にそんな顔をしていたのだろうか、わたしは。
いや…たぶん、わたしはいつも通りの顔をしていた。
つまりポッドたちがわたしの僅かな表情の変化に細かく気づいてくれるほどになったのだ。
それが、「仲良くなれた」という証になった気がしてわたしは暖かい気持ちで満たされた。