▼ハヤメノオヒル。
開店して少しで、お客さんがぱらぱらと入ってきたのが見えた。
わたしは裏方で料理を作っていればいいらしいので、注文を見ながら作る。
表の方から少し会話が聞こえる。…本当は盗み聞きは良くないのだけど、聞いてみる。
「デント、今日のオムライス少し違うね。新入りさんがつくったの?」
若い女の人の声が聞こえる。かわいい声だ。
「そうですね。女の子ですよ。」
デントの落ち着いた声が聞こえた。いつものことらしい。
「えっ!会わせて会わせて!」
「タカスギさんは本当に好奇心旺盛ですよね。今度言ってみます。」
「楽しみにしてる!」
タカスギさん?はごきげんになってオムライスを食べる。今度会うのか…今から緊張する。
と思ったら裏方にデントが入ってきた。
「…デント?どうしたの?」
「ああ、ぼく今から休憩なので、早めにお昼すましちゃおうかと思いまして。
一緒にどうですか?」
おやつでも結構ですよ、とデントが言う。うん、今は白い。
「で、でもわたしお仕事あるし……。」
「大丈夫ですよ。ぼくが保証します。」
この人は誘うのがうまいなあ…と思った。わざで言うとゆうわく、だ。
「……じゃあ、おやつだけ。」
「はい!ではコーンに許可貰ってきますね。」
デントはコーンの所へ向かった。初日でこんなことしていいのかな。
デントside。
なに食べようかなあ、
なんてことを考えながらぼくはコーンの所へ向かう。
「コーン。」
「なんですか?」
お客さんのところに料理を運ぶところという雰囲気のコーンが、振り向く。
早めに済ませろという目をしている。
「ぼくと一緒にナマエも休憩いれてもいい?」
「…駄目と言っても聞かないでしょう。いいですよ。」
それは当たっている。が、この場合早めに話を終わらせるためだろう。
「ありがとう。」
そう言ってぼくはナマエの所へ戻る。
「ただいま。」
「あ…おかえりなさい!」
ナマエは嬉しそうに顔を上げた。
これに機嫌を良くしたぼくは、ナマエのおやつをつくるために、プリンを取り出してかき混ぜる。
鼻歌まじりにフライパンをいじりながら。
食パンを2枚フライパンに放り込んで火を点けようとすると、いい音がして火が点いた。
ぼくはかき混ぜたプリンを半分ずつ食パンにかける。
少ししてひっくりかえして、もう一回同じことをする。
「わあ、いいにおい。」
プリンをかき混ぜていた時は驚いていたナマエが、笑顔になる。
ナマエの笑顔を初めて見た気がする。
溶けたプリンが無くなる位の時間が経って、ぼくは食パンをお皿の上に乗っける。
「はい、フレンチトーストの完成ですよ。」
「……すごいね。こんなに簡単に作れるんだ。」
「ぼくの友人に教えてもらったんです。彼女すごく料理が上手なんですよ。」
これで十分ナマエへのヒントへとなる。
「あ…オムライス頼んだ人?」
「はい、そうですよ。」
「えっと……裏方に居たら、聞こえてきたの。」
まさか知っていたとは、なんて思わない。
「盗み聞きはよくないですよ。」
「!……ごめんなさい。何で分かったの?」
「ぼくはいつも厨房に居ますから、どのくらいで会話が聞こえるか分かるんです。」
最初から彼女の盗み聞きには気づいていたし、聞かれて困る内容でもなかったから別に構わないけど。
「…デントってすごいね。……料理も出来るし、ちゃんとそういうとこ把握してるし。」
「何しろ毎日ですから、働いてれば当然ですよ。」
これじゃあ少しイヤミっぽいかと後悔する。まるでコーンの様じゃないか。
「そっか…あ、気になってたんだけど、なんでコーンとデントは敬語なの…?」
「イヤですか?」
「ん……イヤ、じゃないけど…できれば控えてほしいなとおもって。」
「じゃあやめるよ。コーンはあれが元なんだ。」
「ありがとう。…そうなんだ。」
「ポッドが敬語を使えないように、コーンは普通のしゃべりかたが出来なくて。
ポッドは偉い人が来たときに絶対出せないし…困ってたけど、ナマエが来てくれてよかったな。」
少しぺらぺら喋りすぎた気もするけど…まあいいか。
そういえばナマエの口数が多くなった気がする。
「そういえば、ナマエってもしかして…人見知りなの?」
そう言うとナマエは頷いた。
「わたし…人見知りであまり慣れない人の前じゃ話せなくて…。」
「じゃあ、もうぼくらは大丈夫だね。」
「え、」
「だって慣れっこだし。」
そう言って笑うとナマエも笑ったがその顔が少し引きつっている気がした。
「おい!いつまで休憩してるんだよっ!もう昼だぞ!客が押し寄せて来てるんだから、戻って来い!」
突然ポッドが入ってきた。なんて空気の読めない男なんだ。
内心舌打ちして、立ち上がる。
「それじゃあナマエ、また後で。」
ぽかんとした後、仕事を再開したナマエを尻目にぼくらはコーンのところへ急ぎ足で向かった。