なまえはあれから客間に通された。メフィストの指示通りメフィストについて歩いている内は両者一言も言葉を発すること無くひっそりと廊下を歩いていた。そして客間に通された時、座る様にと促すことで沈黙を打ち破ったのはメフィストであった。それから再び沈黙が訪れる。

「…さて、さっきの続きですが。」

その沈黙も打ち破ったのはメフィストであった。メフィストが発した言葉になまえは胸を高鳴らせた。無論、悪い方向で。なまえはアマイモンの言葉を思い出した。

「兄上にはナイショです。」

(もしかすると、その「兄上」はメフィストなのかもしれない。)

そう思うと、なまえは更に緊張した。

(バレない様にしなきゃ…!)

掌を握り締め、一息吐く。

「誰も来てないよ。」

「その言葉にウソは有りませんね?」

「…うん。」

メフィストはふむ、と手を口元に当てた。

(納得してくれた…のかな?)

なまえはそれとなくメフィストの口元を見た。添えられた指の隙間から見えた唇は、こころなしか歪んでいるように見える。その唇が言葉を発するために形を作った。

「ウソは感心しませんねえ、なまえ。」

「…え?」

ふわりと足元が浮くような感覚になまえは襲われた。実際に体が浮いているわけでは無い。なまえの背中の下から上へと悪寒が這い上がり、底無しの穴へと落ちていくようだ。

「やだなー!わたしウソなんて吐かないよ!」

そう言ってなまえは笑った。が、顔は青ざめていた。メフィストはにやにやと口元だけ笑っている。

「アマイモンは先日泊まりに来ていた私の弟です。なまえの部屋には近づかないよう言っておきましたが…私としたことが、それが逆にアマイモンの好奇心を刺激させてしまったようですね。」

メフィストは言葉に言葉を重ねる。青ざめているなまえの肩にぽん、と手を置き、

「彼にはきつく言っておきましたから、しばらくは来ないでしょう。」

と言った。邪魔者が居なくなって安心ですね、と続けながら意地悪そうな笑みを浮かべてメフィストは部屋から出ていった。

(そんな…!)

メフィストには全てお見通しだ。気づいたなまえは背もたれに倒れ込むように脱力した。けれど、後悔の念はどうしても湧いてこなかった。アマイモンに会えない、そう思うとなまえの感情は見透かされていたという焦りから、悲しくどうしようも無い気持ちに変わった。

(もう会えないのかな。)

だとしたら嫌だ、また会いたいなあとなまえは天井を見つめながら考えた。

穴だらけラブソング


title :: 幸福さま