昨日と変わらず雨は降り続いていた。あれからまだ、メフィストは帰って来ない。
なまえは自分で煎れた紅茶(メフィストは、なまえが使用人と接触することすら拒んでいる。)を啜りながら、窓から景色を眺めていた。アマイモン、その名前がなまえの頭をかすめる。彼が今ここに居たら、この生活も楽しくなるだろうか。そう思ってなまえはくすりと笑った。

(恋人よりも、昨日突然やって来た少年のほうを気にかけるなんて、ばかだなあ。)

そうは思っても、やはり恋人。メフィストのことも気にかけていないわけでは無かった。昨日から帰らないのは勿論心配だけれど、メフィストはその地位の為か泊りがけの仕事はしばしば有る。

(…昔はもっと心配になってたなあ。)

なまえは昔の、少しの事で慌てふためいていた自分に思いを馳せ、苦笑をした。昨日のことを思い出すとなまえはなんだかんだであまり変わっていないのかもしれない。ティーカップをテーブルに置き、視線を下のほうへやる。

「…!」

なまえは息を呑んだ。家の玄関の前に、メフィストが立ちこちらを微笑みながら見ていた。まるで、数時間も前からそこに立っていたかのように。なまえは思わず頭ごと顔を背ける。冷や汗が背中を伝う。鼓動は急激に速まったけれど、メフィストを迎えに行かなければ、という考えがなまえの中に浮かんだ。理由は分からなかったけど、とにかく行かなければならないとなまえの中を渦巻いている。なまえは大急ぎで玄関へ向かって駆けていった。

広すぎるメフィスト家の廊下を駆け抜け、メフィストの居る玄関に着いた頃にはなまえはとっくに息を切らしていた。息を整えてから、速い鼓動を駆けたせいにしてなまえはぎこちなく笑った。

「メ、メフィスト…おかえりなさい。」

メフィストの前に立つなまえをさっきとなんら変わりの無い笑みを浮かべ、メフィストは見ていた。

「ただいま帰りましたなまえ☆」

いつも通りおどけながら言うメフィストになまえは内心ほっと息を吐く。

(よかった、さっきの嫌な予感は気のせいだったんだ。)

「思ったよりも仕事が長引いてしまいましてね。寂しかったでしょう!」

「もう…これでも心配したんだよ?」

困ったような笑いを浮かべながらもなまえは安堵していた。普段の仕事は勿論のこと特に泊りがけの仕事をしたときに心配するのは、恋人が始まった頃からずっと変わらない。

「嬉しいですね。…なまえ。」

メフィストは笑顔を浮かべるが声色は笑っていない。なまえの中にはまた不安な気持ちがふつふつと湧き出していた。

「どうしたの?」

なんでもないようになまえは返事をしたけれど、なまえの笑みは引きつっている。それを見透かしたかのようにメフィストは言葉を続けた。

「昨日誰かなまえの部屋に来ませんでしたか?」

「…え?」

なんでそれを。なまえはそう思った。メフィストの言葉になまえは全身が凍りつくような感覚に陥った。メフィストは相変わらず笑っている。雨はいつの間にか、止んでいた。

まぼろしに踊る


title :: 幸福さま