なまえは薄く瞼を開けた。まだ覚醒しきれずにぼんやりと視線を頭の方向のままに真正面に向けると、大きな雨音と"いつも通り"の天井が見える。

(…夢、か。)

久々に外出をした夢を見たようで、視線を恋しそうに窓に向ける。もう最後に外に出たのは何ヶ月前だろうか。外に出たいとなまえは強く思っていた。数ヶ月前、一般の正十字学園生徒でありながら、密にその学園の理事長メフィスト・フェレスの恋人であったなまえはメフィスト宅を訪問した。そしてそのまま、軟禁状態にあるのだ。所謂豪邸であるメフィスト宅にはふかふかのベッドも、おいしい食事も、広すぎる部屋も、豪華な装飾品も、綺麗な服もなんでもこの家にはある。でも、何かが足りない。なんでもあるのなら、何も足りない物など無い筈なのに。それでもなまえはメフィスト宅に唯一足りない「何か」に枯渇していた。

「やっと起きましたか。」

もう一眠りでもしようかと寝返りをうつように振り返ると同時に聞こえた声になまえは驚愕により完全に意識を覚醒させた。その明らかにメフィストとは質の違う、ため息混じりの声の主を見る。

「…誰?」

少し垂れた目と目元の深い隈、耳の形やファッションはどことなくメフィストを思い出させた。緑の髪は紙程度なら簡単に貫通してしまうのではないかという位天に向かって三角錐のように尖っている。

「ボクはアマイモン。地の王です。」

「……甘いモン?」

「なんだか音がヘンですね。アマイモンです。」

アマイモン、聞き覚えがあるような無いような名前になまえは首を傾げた。名前に通じてお菓子が好きなのだろうか、棒のついた飴をくわえている。チノオウは全く分からなかったので考えることを諦めた。

「えっと…わたしはなまえ。」

「なまえ…ですか。いいにおいがします。」

おずおずと自己紹介をしたなまえにアマイモンはそう言うと、突然なまえに飛びついた。ふかふかのベッドの毛布はボフンと音をたて、アマイモンの体重によって沈んだ。

「え…?え…?え…?」

なまえは状況についていけず、目をきょろきょろと左右に動かした。真正面は向けない。なぜなら、ベッドに馬乗りになったアマイモンの顔面がずいとなまえに近づき、まっすぐになまえを見つめているからだ。

「本当にいいにおいだ。ボク、なまえのコト気に入りました。」

「どどどどうしたの…?」

なまえが心底不思議そうに尋ねるが、アマイモンは答えない。なまえはより一層困惑の表情を見せる。

「コレ、あげます。」

そう言うとアマイモンはなまえの口に、自分の舐めていた棒のついた飴を押し込んだ。なまえの口の中全体に甘い味が広がっていく。いちご味だ。

「え、アマイモン…さん…?今のってかんせつ…えええええ!?」

しどろもどろに言葉を吐き出したなまえはパニック状態だった。そんななまえにアマイモンは表情1つ変えずにケロッとしている。

「兄上にはナイショです。」

くるりと背中を向けたかと思えば、アマイモンはまた明日来ます、と言って窓から飛び出していった。

(兄上って誰…?いやいや今窓から飛び出して…さっきのアレは一体…?)

いろいろな疑問がなまえの脳内を渦巻くが、どれも解決する様子はなかった。ただ、なまえの口の中にはいちごの味がいつまでも残っていた。

夜の隙間で秘密をあげよう


title :: 幸福さま