「…きれいだね。」


モンスターボールの中の相棒にそう呟く。案の定返事は返ってこなかった。一応とこっそり持ってきたのはいいけれどやっぱりすっかり夢の中のようだった。そうだよね、だってもうすっかり深夜だ。普段はわたしだってこの時間は夢の中だ。でも今日はどうしても、どうしても眠れなかった。服の裾をぎゅっと掴んで、まっすぐに歩いていく。砂が足の裏にくっつくけれどそれをたまに押し寄せる波が洗い流す。それを何度繰り返しただろうか。それすらもう記憶できない程この浜辺を歩いた。月と星の光が今日は妙にまぶしかった。理由はちゃんと分かっている。思い出したくなかった。また唇をかみ締めた。唇を噛み締めて、俯いて、浜辺を歩く。それだけのことなのに泣けてきた。これも理由は分かっていた。月や星の光が妙にまぶしいのも唇を噛み締めたり俯いたりするのも今日に限って眠れないのも、いや眠れないのは今日に限った話ではないけれどとにかく、あの人のせいなのだ。今でもまだ思い出が溢れて胸の奥に焦げ付いているから、悪いのだ。


(…ごめん。)


そう言った、だいすきなデンジの顔を思い出した。伏せ目がちで、伏せ目がちなのにわたしを見ていたような気がした。伏せ目がちなのにこちらを見るなんておかしな話だ。勘違いが加速してしまっているらしい。服の袖で目尻を拭いながら息を漏らした。いつものことだけど忘れられない、デンジが忘れられない。いい加減に自覚しろわたし、失恋したんだ。忘れなくちゃいけない。忘れてすぐに立ち直ってみせて明るく振舞って明日からまた、また、デンジと?明日もデンジと顔を合わせるのだとおもうととても胸の奥が痛んだ。波の音がわたしを包む。包んで心を溶かしていく。わたしはデンジを忘れられるのだろうか。朝までここに居れば心を波が溶かしきってデンジのことを忘れられるのではないか。淡い期待。そんな期待は裏切られることは分かっていたから朝まで居るなんてことはしない。もう帰ろう。そう思って、わたしはくるりと後ろを向いた。


「っなんでここに…。」


半ば独り言のようだった。夢ではないのか、何度も疑う。そこには見慣れた、何度も温もりを願ったデンジが居たからだ。一体何がどうなってるんだってごちゃごちゃになって絡まり始めた。元からぐちゃぐちゃだったのかもしれない。絡まりあってまたひとつ。淡い期待が海から顔を出すようにしてうまれた。(…もし、失恋が勘違いだったとしたら、)いいやそんなわけがない。この耳で確かに聞いたのだ。ごめんという言葉を。確かに見たのだ。その言葉を縁取る唇を、瞳を。その唇がゆっくりと動く。


「ここにナマエが居るかとおもって、迎えに来た。」


「…へ?」


「ナマエ、お前絶対何か勘違いしてる。」


思わず目を見開いた。その言葉と、その瞬間デンジからまわされた、腕に。ああどうしよう風が冷たいのにデンジはとても温かい。デンジの心臓の音が聞こえる。とても、はやい。わたしとてもあなたのことが好きなんだよ、デンジ。


「ごめん。こんな俺でよかったら、傍に居てください。」






涙と引き換えにをあげよう
(忘れよう、さっきまで泣いていたわたしを)


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title:bamsenさま




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