2日目:制服だけで駆けていくわ
両親はトウヤを暖かく迎え入れた。
トウヤはトウヤのことを警戒する両親にわたしに対する態度と掌を返したようにとてつもなく礼儀正しく、紳士的に振舞い、両親はすっかりトウヤのことを気に入ってしまった。特にお母さんはわたしとトウヤをくっつけたいらしく一緒の部屋で寝かせようとまでした。(お父さんが猛反発して結局昨日の夜トウヤとは別々の部屋になった。)
トウヤはお前と同室じゃなくてよかったわみたいなこと言っていたけど腹黒大魔王と同室で生活なんてわたしからも願い下げだ。心臓がいくつあっても足りる気がしない、もちろんNot恋愛的な意味で。朝起きてわたしはそのことを真っ先に思い出して真っ先に素直な感想を心中で呟いたのだった。顔を洗って、ご飯を食べて、歯を磨いた。そして着替えてバッグを持って玄関へ向かう。トウヤは昨日のことがショックだったのか、そもそも元からそんな生活だったのか、幸いまだ起きて来ていない。わたしは靴に足を入れようとする、ここまでは順調だったのだ。ここまでは。

「とろいなあ、とっとと行けよ。」

後ろから聞こえるはずの無い声がする。…もしかして。わたしはおそるおそる振り向いた。げ、トウヤ。朝からこんな大魔王に送り出されるなんてわたしは不運の代名詞だ。

「なあに間抜け面してんだよバーカ。」

「…いつの間に起きてたの?」

「最初から起きてたっつうの。」

ケッとトウヤは言いながら鼻で笑う。いや朝様子見に行ったら思い切り可愛らしい寝顔晒してたじゃないですか…言ったら怒られそうだ。すごく。

「そうなの。朝ごはん食べた?」

「いいやまだ。」

「じゃあキッチンに置いてあるから食べててね。わたし学校行かなきゃいけないから、それじゃあ。」

わたしがトウヤにくるりと背を向けるとくいっと袖を掴まれる。

「どうしたのトウヤ。」

「……行くなよ。」

トウヤはそっぽを向きながら答えた…いや遅刻しちゃうし。開いた玄関のドアの隙間から走って登校する同じ学校の生徒達が見えた。玄関には時計が無いから時間も分からないけど走らないとまずい時間なのは確かなようだ。

「遅刻しちゃうよ。」

「いーじゃん。行くな。」

トウヤは一向に袖を離してくれる気配が無い。ぶすっとしながらわたしの制服の袖を掴んで、その裾を見つめている。キッチンから早く行きなさいというお母さんの声が聞こえた。

「ごめんね、帰ったらね!そんじゃ、行って来まーす!」

わたしはトウヤの手を謝ってふりほどき、ぽかんとしているトウヤを置き去りにして長い坂道を駆け出した。

***
トウヤside。

…行ってしまった。駆けていくひなたの背中を見送りながら俺はぽかんとしていた。へえ、抵抗するんだ。ずっと遅刻の時間でも俺が離すまで無抵抗で居るのかと予想していた。ひなたの背中が見えなくなってもぼうっと坂道を眺めていると、ひなたの母さんが寒いからと言ってドアを閉めた。俺は玄関でそれ以上することも無いので、キッチンへと行く。

若干低めの木でできた椅子に座って目の前に置かれたシチューを見る。椅子から伝わってくるささやかな冷たさとは反対にシチューは出来立てという風に湯気を立てていた。

「これ、お母さんの自信作なの。ささ、食べて食べて。」

と言ってひなたの母さんはにっこりと笑いながら俺に食べるように促した。

「はい…いただきます。」

俺がシチューにスプーンを入れるとひなたの母さんは安心したのか皿を洗う作業に戻る。…おいしい。母親独特の暖かい味がそのシチューには溢れていて少しだけ口元を緩めた。


そういえばひなたは学校といっていたけど、トレーナーズスクールにまだ行っているのだろうか。少し考えてその考えはすぐに無いなと却下された。この世界にはポケモンが存在しない。昨日ひなたに言われた言葉が頭の中に蘇る。じゃあ、どうやってこの世界の人々は生活しているのだろうと思ったらポケモンの世界より少し、自然をうまく活用したり科学の力が優れているのだとひなたは言っていた。表面だけ見ればあんまり俺の居た世界と大差無いのに、やっぱりポケモンの居ない世界というのは不思議な感覚だ。
向こうの世界でダイケンキ達は元気にしていたらいいけど。俺のこと心配してるんだろうなあ。幸い旅をしているということになっているから母には心配というより気づかれることすら無いだろう。帰るときはたまによこしてくる電話の時間に間に合えばいい。でもなるべくダイケンキ達のために早く帰りたいと願った。ひなたは俺のこと苦手にしているように見えるし、それがひなたにとってもいいと思う。


朝食を食べ終わってから俺はずっと暇だった。着替えも生活用品も全て用意してくれたひなたの両親に感謝の気持ちを沸かせながら、暇だった。ひなたの両親はとっくに仕事に行ってしまって俺は1人この家に取り残されている。ぼうっと見るテレビはポケモンの話題なんてもちろん出るわけも無く、通販番組とスポーツ番組だけがやっている。ドラマもやっていたけどドロドロしすぎてとても見れたモノじゃなかった。女の世界って恐ろしいんだな。帰ってきたらひなたを思い切りパシって暇を潰せると思えば少しは俺の機嫌はよくなった。


***
ひなたside。


途中で咲と別れてわたしは今急ぎ足で帰路をたどっている。今日は咲に何事も聞かれなかった。いつも通り噂とポケモンにはうるさくて、元気そうでよかった。トウヤの話題ももちろんその中にはあった。外見の特徴を聞いてみたけれど、その聞いたことが正しければこっちに来たのはトウヤで間違いない。外見の特徴も一致しすぎているしなにより本人がそう名乗っているのだ。ああトウヤ暇しているだろうなあ…早めに帰らないとひどいことになる気がする。わたしは玄関のドアを開けて靴を脱ぎ廊下をぱたぱたと走って自室へのドアを開ける。

「ただいまー…。」

「おかえりなさいませ、ひなたサマ。随分遅かったじゃないですかあ?」

そこには頬を膨らませ明らかにすねてます、という雰囲気を放っているトウヤが居た。

「いやうん…えっと…ごめんね?」

「べっつにィ?暇すぎて途中から死に掛けてたとかそんなんじゃないしィ?」

そう言ってトウヤはぷいとそっぽを向いてしまった。…これは困った。いつまでも魔王様を放っておくわけにもいかない。なにしろ両親にすれば大切なお客様状態なのだから。

「ご、ごめんってば!なんかするから許して!」

「じゃあ今日1日お前パシりね。」

「えっ」

やられた。またこのパターンだ。わたしはどうしてこうもトウヤの罠にするっと引っかかってしまうんだ。でも昨日とは違う、トウヤは窓のほうを見つめながらまだ頬を膨らませていた。一体どうしたんだろう、今日のトウヤは。

「さっさとジュース買って来いや。」

「はーい…。」

トウヤに促されて素直に行くわたしってどうかしてるというかえらいよねホント。
ナルシストとかじゃなくてえらいと思う。だって思わないと心折れちゃいますから。


わたしは財布を持って制服のまま、朝と同じように坂道を駆けていく。自販機が学校に比べて近くにあってよかったと思いつつ、トウヤちくしょうと思いつつ。




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -