始まりの色
広すぎる部屋の隅っこでわたしは寝そべりながら、パソコンの液晶画面を眺めていた。 無職とかじゃないけどまあ所謂さっきリストラされたばかりの自由の身になりたてほやほやだ。 ごめんなさい認めたくなかっただけですどう見ても無職です本当にありがとうございました。 まだまだぴちぴちピーチ若いOLエンジョイ中だったわたしがリストラされたのはなんとも単純明快な理由、副社長とすれ違う際に思いきしお茶をぶっかけてしまったのだ。 お茶漬けじゃなくてお茶。ここが重要なポイントだ。嘘だけど。ホウエンのそれなりにいい会社だった。 石マニアの副社長は普段びゅんびゅんそこらへんの地方飛び回ってぶいぶいしてるのに昨日たまたま帰ってきてその時ぶつかってしまったのがわたしの運の尽き頃だったんだと思う。 なんでもシンオウという地方に行ってきて、そこからもって帰ってきた石にもお茶がかかってしまったらしい。 彼は自身のぐしょぬれになったスーツなんかよりも石に3ミリお茶がかかったことに大激怒した。むしろリストラというより怒りすぎて追い出される形だった。 思い出したら急激な眠気が襲ってきた。ああ眠い、無職ってこんなに暇なんだ。
もう使うことの無いであろう仕事用のカバンの中に入っていた書類はさっきいつも以上に丁寧にゆっくりと纏めて整理してしまった。 スーツも昨日のうちにクリーニングに出して、今日の朝頃とりに行って、今はフリーマーケットに出す寸前の品物よろしくクローゼットの奥深くで眠りについているだろう。 わたしの貯金はあんまり無くて残念ながら今月の家賃は払えるわけも無さそうだ。=すぐにでも荷物を纏めなければいけない。 やることを見つけたわたしは、即座にがばっと飛び起きた。去年社内旅行に行く前に買ったキャリーバッグがまだどこかにあるはず。 どうでもいいものばかり詰め込んでいる物置部屋の扉をわたしはがらがらと開いた。すぐそこにキャリーバッグはあった。 少し大きめだから、必要なものは全て入りそうだ。我ながら、その時いいものを選んだなあと感心した。
キャリーバッグを引っ張りながら、クローゼットの扉も開けた。 くだらない社内だけの付き合いの人たちに巻き込まれて買ったものが、そこには溢れかえっていた。 それにはその人たちと同じくらいくだらない、とりあえず合わせておこうというその時のわたしの心が表れすぎていて見てるだけで心が痛くなった。 過去のことなんて思い返していたってしょうがない、未来を見なければならない。わたしは自分にそう言い聞かせてクローゼットの整理を手早に済ますことにした。 残ったのは数少ない服と生活用品と必需品とお金だけだった。それらは全部いとも簡単にキャリーバッグの中に入った。これが、わたしの全てだ。 本当に大事な物は少ないと誰かが言っていたけれど、わたしはこの時初めてそれを身をもって感じた。
もっとちゃんと貯金しておけばよかったなあ。親に電話で何度も何度も言われたのにそれを一度たりともしたことの無かった自分が憎い。 キャリーバッグの蓋を閉じて、そこの取っ手に相棒の入ったモンスターボールを設置した。 お金も無いし今後の予定も無いのでは、次の道は一つしかない。ポケモントレーナーだ。元々趣味でそれなりにポケモンは鍛えていたから心配は無い。 キャリーバッグに入っていないものは全て捨てることにした。もったいないとも思うけど、ここで区別をつけなくてはと思った。 会社に常に集団で居た自分と、今一人で旅立とうとしている自分。どちみちあのままでは何も起こらなくてもわたしはいずれ会社から切り捨てられていたのだろう。
わたしはキャリーバッグをひきずって、玄関のドアを開けた。 ここを踏み出したらもうお別れだ。過去の全てと。今のわたしと相棒とわずかな荷物を持って旅をしよう。 開いたドアに夕暮れの日差しが反射して、マンションの廊下をオレンジ色に染めている。
わたしは一歩を踏み出した。
始まりの色 (それはそれは綺麗なオレンジ色だった)
- 110212 title:アイトソープさま
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