ああ、もう陽が暮れる
薄暗くなっていく景色にそう思う。いつの間にか真夏より大分時間を早めて沈むようになった太陽を、目を細めて仰ぎ見た。
まだ暑いと思うのに、でもこうして少しづつ確実に季節は流れているものだ。
「けっこう好き、この時期」
隣に立つ彼女が、同じものを見上げながら呟く。長い髪が風に踊るその横顔が好きで、見ているとふとこちらを向いた。
「変わっていく様が、なんか素敵じゃない?」
少し、無理をした笑顔。
視線の動きも、話す口元も。開いたり握ったりを繰り返す手も、全部見逃したくなくてただ見つめていた。
困ったように変化する表情も、悲しみに変わるそれも、今は俺にだけ向けられている感情。
それを、しっかりとやきつけておきたくて。
「なんで、何も言わないの」
「――もったいないから。君の、声を聞いていたくて」
「その事じゃ、ない」
揺らぎはじめた瞳。
見ていたいんだ、全部。なのに、見ているのは苦しくて。
伸びてきた彼女の腕が、すがるように首に回される。華奢な体のどこにそんな力があるのかと思うほどにそれは強く、痛いほどだった。
「何か、しようとしてるでしょう」
何も、伝えてはいなかった。なのに勘のいい彼女は気付いてしまっていた。
誰にも言うつもりのなかった事だ。言わないまま、行こうと思っていた。
俺は、この国を離れるよ
囁くように告げた言葉に、ぴくりと揺れた体。
いつも、まっすぐと視線をくれる彼女には隠し通せそうに無いと思った。
その背中を、抱いてやりたい。けれどきっとそれはもう、許される事はない。
「だから、忘れて」
どれだけ待たせる事になるかわからないのに、思い続けて欲しいとは言えない。その間に誰かが現れて、彼女は恋をするかもしれない。
そんな時に、心の枷にはなりたくないと、そう思うから。
「無理よ」
「無理じゃない」
「私、コンラッドじゃなきゃ」
言いかけた唇に、指を押し当てる。
その言葉を聞いてしまえば、揺らぎそうな自分が居たから。
「人の気持ちも、変わるものだよ」
そうであってくれと、建前の祈りを込めて。
最後に耳元で言って、体を離した。
『おやすみ』
一日の、最後の言葉。
突き放すものにもなるのだと今知った。
この先にとっても、きっと。
END
原作のカロリア編の前を想定して。