あきちゃんが行ってからテレビを見たりしていたけど、あんまり面白くない。
…もういいや。
プツンと消したテレビは真っ黒。画面に映り込む部屋は別の空間みたいだと思った。
耳が捉えた外から聞こえる声。
(あ、だんなだ!)
旦那の楽しそうな声が聞こえて大急ぎで玄関に向かう。鍵のかけられたドアには元からペット用の小さな出入り口がある。久しぶりに狐の姿に戻って、難なくドアをすり抜けた。
「だんな!ちかちゃん!」
「おー、佐助。…ってお前裸足じゃねえか」
縁側に腰掛けていたちかちゃんが俺様の姿を見るなり抱き上げて、自分の膝の上に乗せる。あきに怒られるぞーと笑いながら少し汚れた足を拭いてくれる手は優しい。
ちかちゃんの足元には木の屑と、それにじゃれつく犬姿の旦那がいた。元就は空のお散歩に行ったんだって。
「ちかちゃんたち、なにしてたの?」
「ああ、前に幸村の小屋作った時の木材が余ってたから、それ使って遊んでたんだ」
これとかな、と差し出されたのは小さな木馬。乗れる程大きくはないけど、すごく丈夫そう。他にも一刀彫りのアヒルやひよこがいっぱいいて、旦那がころころ転がして遊んでいる。
でも興奮してアヒルに歯を立てるので可哀想だなあと思ってたら、ちかちゃんが旦那に何かを渡していた。
「ほれ、こっち噛んどけ」
それは骨の形をした木なんだけど、旦那はすごく嬉しそうにじゃれつき始める。同じ木でもこっちのがしっくりくるだろ、と笑うちかちゃんに俺様も笑った。
ちかちゃんは少しの間にたくさん作ってくれた。俺様の手には木のキツネが3匹もいる。
「ちかちゃんすごいね!まほうのてだね!」
「もっと材料がありゃ遊具ぐらい作れんだけどな」
その言葉に旦那と一緒に盛り上がる。ちかちゃんは魔法使いなんだ!
他にも木彫りの旦那、小十郎さん、元就を作ってもらった。小十郎さんは政宗にあげよう。
細かく動くノミはずっと見ていても飽きなくて旦那と真剣に見つめていた。
ちかちゃんの手で生み出されようとしているのはペンギン。最後にくちばしを掘ったところで、ちかちゃんのズボンのポッケに入った携帯が唸り出した。
びびったァ〜と少し情けない声を上げて携帯を開く。カチカチやってすぐに携帯は閉じられた。
「ん?どした佐助。怖い顔して」
「…おれさまけいたいきらい」
は?と不思議そうなちかちゃん。俺様はぶっすりしたまま理由を話した。
「だって、そいつなるとあきちゃんつれてくもん。きょうだってそうだもん」
「あー…」
なるほどなァ。ぽりぽり頬をかくちかちゃんの手にはまだ携帯が握られている。隣にいた旦那を抱っこすれば人型になった旦那が「さー?」と呟いた。
「でも悪い所ばっかじゃねーかもよ?」
「むー…」
唸る俺様にちかちゃんは苦笑して、おもむろに携帯を触りだす。ほい、と渡された携帯はすでに繋がっているようで呼び出し音が鳴っていた。
画面に表示されている名前は。
『はいはーい、もしもし?』
「えっ、あっ、あの、あきちゃんですかっ。お、おれさまはっ、さ、すけ、ですっ」
『はい、佐助くんですね。…ふふっ、どうしたの?佐助』
「あのね、ちかちゃんがけいたいかしてくれたの」
『元親くんが遊んでくれてたんだ』
「うん!ちかちゃんすごいんだよ!いっぱいどうぶつつくってね、おれさまとかだんなとかもね、いっぱいだよ!」
『へえ!元親くん器用だもんね。私も見たいなあ』
「えへへ……」
『佐助?』
「……あきちゃんはいつごろかえってきますか?」
『ごめんね、もうちょっとしたら帰るからね』
「ん…」
『おみやげ買って帰るよ』
「あのね、」
『うん』
「…おれさま、さ、みしい…です。かえったらぎゅうしてくれますか?」
『うん、いっぱいいっぱいぎゅうしようね』
「…へへ。きをつけてかえってきてね」
一言二言交わして、電話を切るボタンを押した。ちかちゃんは旦那を頭の上に乗せながら、終わったか?と振り返る。
旦那は小十郎さんの背中とか、ちかちゃんの頭とか高いところが大好きみたい。
「うん、ありがとう」
「どーいたしまして」
閉じた携帯をちかちゃんに渡す。大きな手の平に乗った携帯は少し小さく見えた。
「なあ、まだこいつ嫌いか?」
何も付いていない携帯を示して見せる。薄い紫の携帯を見つめてから俺様はそれに答えた。
「まえよりすきになった」
だからね、ありがとちかちゃん。
にっこり笑ったちかちゃんの撫でてくれる手は乱暴だけど、やっぱり優しかった。