ぬるま湯に浸かっているような微睡からふ、と意識が浮上する。
ああ、一緒に寝ちゃったのか。
ぼんやりする頭と同じように豆電球の薄明かりが変わらず部屋の内部を映し出している。
(喉、かわいたな…)
抱いていた佐助からそっと腕を引き抜き、布団を蹴り上げていた幸村に掛け直してやってから寝室を後にした。
静かに薄暗い居間のドアを開けると死屍累々、とまではいかないが完全に沈黙した眼帯コンビ。手足を投げ出して眠る姿が幸村と一緒だ。大きい子ども達にぷくくと笑って起こさないように毛布を掛けてやる。
「もう起きたのか」
「え…」
引いたカーテンは朝焼けを微かに通してその前に立つ人の影を映しだす。逆光で顔は隠れ、見慣れない長身のシルエットと聞き慣れない声だけがそこにあった。
しかし呼び掛けられた声はとても穏やかで耳に心地良く馴染む。不信感を抱く事なく私の唇はするりとその人の名前を紡いだ。
「小十郎さんこそ」
声こそ出さないものの相手が酷く驚いている事が伝わってくる。
「驚かねえのか」
「驚き慣れちゃった」
へらり、笑ってみせたらどこか安堵したように「そうか」とだけ返ってきた。
食器棚からコップをひとつ手に取り、冷蔵庫を開ける。ブゥン…と低く唸るそこからお茶を取り出して注ぐ。
その様子を見ていた人に、ちらりとお茶の入ったコップを示してみた。軽く首を振った意味を汲み取り、そのまま自分の口にあてがえば、喉を下っていく冷たい感覚。ほ、とひと息ついて飲み終えたそれを流しに置く。かちん、高い音を耳にして私は小十郎さんの方へ向かった。
ソファに腰を下ろしていたその人の隣は一人分の空間がある。軽く座ったはずなのにソファは小さくだけど確かに沈んだ。
カーテン越しの朝の日差しはまだ少し頼りなさげに居間を照らしだす。
寝る前に多少片付けてくれたのだろう空き缶やゴミなどは分別されきっちり袋に仕舞われていた。
「朝、起きたら人間に?」
「ああ、肌寒くて目を覚ましたら体毛が一気に無くなっていて驚いた」
「ぶはっ、確かに寒そう」
思わず吹き出せば「笑いごとじゃねえ」と怒られてしまった。
ジーンズに黒のVネックシャツを纏う姿は何処からどう見ても人間以外には見えないが、左頬に走る傷は少なくとも真っ当な人間には見えないのだから不思議なものだ。人間になっても消えなかったらしい傷は、彼を知らない人が見ればたじろでしまうだろう。
しかし飼い主に似て鋭さを持つ双眸の中にもある柔らかい光は猫の時と変わらない。小十郎さんだなあと改めて納得した。
「チビ達は?」
「まだ私の部屋で」
寝てるよ、そう続けようとする前に居間のドアがキイイ…と鳴く。薄く開いたそこには幼い姿が。
「あきちゃ…どこぉ…」
まだ開ききっていない目を手の甲で擦りながらやってきた佐助。私がいない事に気付いて探しにきたのだろうか、不安げな瞳が私を捉えるとすぐにこちらへやって来た。
「ひとり、やぁ…」
曲げた膝にぽすんと飛び込んできた佐助の頭を撫でて宥める。小さく唸りながら顔を擦り付け、もぞもぞとよじ登ってくる体を抱き上げてやればやっと落ち着いたらしく首元に顔を埋めてしまった。
くすー…、くふー…、微かな寝息を立て上下する背中をそっと撫でると、ほうと強張っていた体から力が抜けて、少しだけ重さが増す。
すり、と擦り寄せてきた髪がくすぐったい。愛おしむように抱いていると、小十郎さんのが口が静かに開いた。
「えらく甘えただな」
「可愛いでしょ?」
返事はなかったけれど笑ってるんだろうなと分かって私も声に出さず笑う。
「…まだ早い。お前ももう少し寝てろ」
「うん…」
佐助から伝わってくる少し高めの体温が私に緩やかな眠気の波を連れてきた。ソファの背もたれに身を沈めれば、穏やかな波が静かに静かに私の意識を攫っていこうと揺れている。
たゆたう意識の中、そっと温かな何かに包まれたのを感じ、そのままとぷりと意識の海に沈んでいった。