壱
「申し遅れました。某、真田幸村と申します」
恭しく頭を下げる幸村に彌生は「そんなに畏まらないで」と困ったように笑う。
ここは彌生と佐助が出てきた社の中。
外で話すのもなんだと佐助の計らいで四人は社に腰を落ち着けていた。
「ちょっと。なんで慶次まで上がってくる必要があんの」
「いいだろ別に。俺が連れて来たんだし、犬神憑きってのも気になるし」
口争う二人をさらりと流しながら、彌生は示すように幸村へ視線を向ける。幸村は下げていた顔を上げ、真っ直ぐに彌生を見た。
「この度、此方へ赴いたのは他でもない。貴殿の御力を貸して頂きたく参りました」
「私の?」
自らを指す彌生に幸村は頷いた。
「御察しの通り、某は犬神憑きです。一族の繁栄の為に何代も前の当主が呪術を施しました」
「その繁栄のツケが今も続いてるって?」
話を聞いていた佐助が間髪つけずに言い、鼻で笑う。
「どうせその呪いを解いてくれって言いたいんだろ?でもそれって都合良すぎなんじゃないの?アンタ達だって憑かれてから色々と美味しい思いしてきたんでしょーが。自業自得さ」
冷ややかに言い放つ佐助に幸村は口を閉じ、目を伏せた。しかし強く拳を握り、再び前へと向き直る。
「……先代の行なった忌まわしき呪い。その際贄になった犬達にも申し訳なく思う。自業自得だという事も重々承知している。確かに栄華を極めた時代もあったようだが、今や忌み嫌われる一族へと成り下がってしまった。
…もちろん困難を極める行為と分かっている。しかし誰かがこの呪を断ち切らねば未来ある子供達にも惨めな肩身の狭い思いをさせてしまう。俺には…それが堪らなく辛い」
もうこんな事は終わらせなければならない。二度とあのような思いをする事のないように。
「その為ならば、この命賭する覚悟」
揺らぐ事のない強い瞳。焔の如く燃える光を見据え、彌生はゆっくりと口を開いた。
「幸村、残念だけど私は犬神を落とす方法を知らない」
驚愕と落胆の入り混じった瞳が見開かれる。
「…そ、うでございますか」
「…ごめんなさい」
しゅんと伏せられた瞳に慌てて手を振る。
「いえ、いきなりやって来て無理を申したのは某の方故、彌生殿はお気になさらないで下され」
にこりと笑って頭をかいた。
「やはりそうそう上手くは行かぬものでございますな。なに、各地を巡っておればいつかは有益な話も聞けましょう。時間を取らせてしまい申し訳なかった」
「待って」
膝に手を付いて立ち上がろうとした幸村を呼び止める。彌生は幸村を先程と同じように見据え、何かを考えているようだった。
「当てもなくさ迷うくらいならここに居ればいい」
「なっ!彌生!?」
慌てて止めようとする佐助の手を彌生は宥めるように受け止める。
「佐助、あなただって分かっているでしょう?ここはそういう地だもの」
ぐっ、と堪える佐助に彌生は小さく微笑み、幸村に告げた。
「真田幸村、あなたが此処に居する事を許しましょう」
幕開け 狗は少女を求めん