「きゅんって音がするらしいよ」
「…なんです突然」

トキヤは怪訝そうな顔をしている。
ついさっきまで次の曲の打ち合わせをしていたに何の脈絡もなくこんなこと言われたら戸惑うのも当たり前。仕方がないから補足説明をしてやろう。

「恋に落ちたときの話」
「……」

私が言おうとしていることを察したのか、トキヤは嫌そうに顔を歪めた。
そんな顔をしたら私みたいな人種にさらにからかわれるということをこのお利口なパートナーはいつまでたっても学ばない。まあ学ばれてもつまらないのであえて私から教えたりはしないけど。

「トキヤはどうだった?」
「黙秘します」

バッサリと切り捨てられたけど、私はそんなことでは諦めない。

「いいじゃん教えてよ。どんな気持ち?恋に落ちた瞬間ってどんな感じ?」

ねえねえねえと服を引っ張るが無視を決め込まれる。
むう、普段だったらそろそろ怒るのに…。今日のトキヤは我慢強い。

「ちぇー…教えてくれてもいいじゃんケチ、ハゲ」
「ハゲていません。それに貴女にだけは絶対に言いません」
「ええ!?なんで私だけ!?贔屓はよくないと思いまーす」
「人の告白を大笑いしながら断るような人に言うことなんてありませんので」
「あらやだそんな酷い人がいるの?」

わざとらしく驚いて見せるとトキヤもついに我慢の限界を迎えたらしく、資料を机に放り投げ私を睨みつけた。

「貴女のことですよ!」

そう、私は半月前トキヤに告白をされた。
普段から涼しい顔をして撮影現場ですらクールを決め込むこの男が、私を前にしてガチガチに緊張していた。緊張していたのだ。あの一ノ瀬トキヤが。
あの時の衝撃は今でも鮮明に思い出せる。脳天に金ダライが直撃したような、月宮林檎のすね毛を見つけてしまった時のような、盆と正月が一度にきたような…とにかく物凄い衝撃を受けた。そしてその衝撃は私の中でなぜか笑いに変換されてしまったのだ。ああ、ひーひー言いながらお断りしたときのトキヤもこんな風に顔を真っ赤にして怒ってたなぁ…

「まったく、仮にも振った相手に根掘り葉掘り聞くなんて…貴女にはデリカシーというものがないのですか!?」
「アッハハ。そのデリカシーのない女に惚れたのはトキヤでしょ?」

私にとってトキヤは大切なパートナー。それ以上でもそれ以下でもない。
そもそもトキヤがどうして私に惚れたのかいまだに理解できない。

「本当にトキヤって女見る目悪いよね」

将来ろくでもない女に捕まりそうで心配だわー
まあトキヤいじりは充分楽しんだしこれ以上は本気で逆鱗に触れそうだからそろそろ撤退しますかね。

「…聞き捨てなりませんね」
「へ?」

トキヤは真剣な顔をして私を見つめていた。

「確かに貴女はデリカシーも女性らしさの欠片もありません」
「…ねえ殴っていい?殴っていい?」
「なぜこんな人を好きになったのか頭を抱えたことも一度や二度ではありません」
「……」

思わず殴りかかった私の手を苦もなく掴み、最後まで聞きなさい!とトキヤは怒鳴った。こいつ運動は苦手設定はどうした。

「ですが、本当に嫌だと思われるようなことはしないことを知っています。音楽に対しては決してふざけたり妥協しない姿勢も好ましく思っています」
「え、ちょ…」
「普段がああなのでごくたまに見せる女性らしさの破壊力はとても言葉では言い表せません。それに…」
「ちょっと待ってってば!」

掴まれていない手で私はトキヤの口をふさいだ。ベチンと痛そうな音がしたけどそんなこと気にしている場合じゃない。

「突然何言ってるの?馬鹿なの?死ぬの?」
「私の女性の見る目が確かだということを説明してるだけです」

トキヤは恥ずかしげもなくそう言った。この前のように緊張した様子は全くない。

「なんで急にそんな強気になってるのさ」
「貴女相手に緊張するだけ無駄だということにようやく気が付きました」
「酷い言われようなんですけど…!」

とても好きな人相手に取る態度には見えない。
ブツブツと文句を言っているとトキヤはクスリと笑った。

「そうやって照れているところも可愛らしいですよ、名前」

ぶわっと顔が熱くなる。頭も沸騰したんじゃないかってくらいぐらぐらした。

「照れてない!」
「そうですか?顔が赤いですが熱でもあるのでは?」
「ひぇ…!」

ペタリと額に手を当てられて、なぜか自分とは違った大きな手とか体温とかを妙に意識してしまって自分でもこれは無いってくらいわかりやすい反応をしてしまった。
トキヤは驚いたようにのけぞった私を見ている。

「あ、や…ごめんびっくりして…」

一生の不覚、藪をつついて蛇を出す、ミイラ取りがミイラ、一寸先は闇。そんな言葉がぐるぐると頭の中を回っていた。今すぐここから逃げ出したい。そうだ逃げよう。

「…私も驚きました」

走り去ろうとした私をトキヤは目ざとく抱き寄せた。おかしいこんなの。前は笑い飛ばせたのに。私ってこんな惚れやすい体質だったっけ?

「どうでしたか?きゅんという音はしましたか?」

心底嬉しそうに笑うトキヤの鳩尾に私はとりあえず右ストレートを叩きこんでやった。





きゅんって音がするらしいです





そんなかわいらしい音しなかったよ馬鹿野郎!

back
-------------------------------------------------------*

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -