お気に入りの赤いワンピース、少しの化粧、一応はアイドルだから変装用のメガネも忘れない。最後に忘れ物がないかもう一度チェック。財布、ハンカチ、化粧ポーチその他もろもろを鞄に詰め込んで準備万端! 「わ、もうこんな時間…!」 慌てて鞄を掴み部屋から出る。 「あ、名前〜!」 談話室の横を通ると音也くんが笑顔で手を振っていた。 「今日も早いね」 「うん!真剣勝負だからね!」 「勝負って…」 それデートに対して使う言葉じゃないよね、と音也くんは困ったように笑った。でもそんなの気にしない。私にとっては正真正銘の勝負なのだ。 「…って、音也くん。今日は午前中雑誌の撮影が入ってるはずじゃないの?」 今は午前10時。入りは9時だからまだ終わるには早すぎる。まさか、寝坊…? 「ち、違うよ!寝坊なんてしてない!」 私の視線に気づいたのか音也くんは慌てて否定した。 「あーそれがさぁ…カメラマンさんの都合で来週に延びちゃったんだよねぇ」 「なん、ですと…」 え、まって。音也くんが今ここにいるということは、彼も午前中の仕事はなくなったということで? 「うん、だから名前に伝えたほうがいいと思って」 「そ、それを早く言ってよ!音也くんの馬鹿!」 「えええ!?酷いよ名前!」 ぎゃあぎゃあと騒ぐ音也くんを無視して私は談話室を飛び出した。一段ぬかしで階段を駆け降り、玄関まで一直線。 約束の時間までは充分余裕がある。それでも走らねばならぬ時は女にはあるのです。 音也くんの様子を見る限り、彼は真っすぐ待ち合わせ場所に向かった筈だ。なんとか邪魔をしなくては…! 私は携帯を取り出し、短縮ダイアルで頼れる友人に電話をかけた。 『名前?どしたの?』 「友千香ちゃん!あの、邪魔してほしいの!」 『はぁ?…ああ、うんわかった。ちょうど今一緒にいるから何とかしてみるよ』 あんた達もホント、よくやるわねー。と苦笑する友千香ちゃんに後でお礼すると言って電話を切る。よ、よし、これで少し時間が稼げる!後はバスに乗れれば… 「やあレディ」 聞き慣れた声に振り向くと神宮司さんが愛車に寄りかかっていた。わあ、絵になる…って今はそんなことを考えている場合じゃない! 「おはようございます神宮司さん今日もかっこいいですねそれでは私急いでるので」 「まあまあ。そう言わずに」 笑顔で私の腕をとり、神宮司さんは自分の車に私を乗せた。 「え、ちょ、ちょっと」 「時間ないんだろう?送っていくよ」 助手席の扉を閉めてからして華麗に車に乗り込んだ神宮司さんはやっぱり華麗に車を発進させた。ホント動作の一つ一つが絵になる。 「あの、ありがとうございます」 「気にしないで。困ったレディを放ってはおけないからね」 神宮司さんはパチリとウインクをした後それに…と言葉を続ける。 「あいつの悔しがる顔を見るのは楽しいからね」 「名前!」 私が到着してから3分後、肩で息をして彼、真斗くんは待ち合わせ場所にやってきた。 こ、今回は本当に危なかった。 「待たせてすまない。渋谷が突然腹痛を訴えてな…ヘリで寮まで送っていたのだ」 本当は病院に搬送したかったのだが、渋谷にそこまでしなくていいと怒らせてしまってなと心配そうな真斗くんに若干の罪悪感を覚えるが、それ以上に友千香ちゃんへの感謝の気持ちが勝った。 友千香ちゃん…足止めしてとは言ったけどそこまで…ああ、後でいつもの喫茶店の特性パフェを奢らせていただきます。 「気にしないで真斗くん。私も今来たところだから」 「しかし…女性を待たせるなど、男として…!」 「大丈夫だよ!…だって」 待ち合わせの時計台を見て私は笑った。 「待ち合わせ時間まで、まだあと3時間もあるんだよ?」 だから待ち合わせが好きなんです 「ねえ、なんで名前っていっつもマサより先に待ち合わせ場所に行こうとするの?」 「なんでも、まさやんが自分を見つけて嬉しそうにした後、待たせて申し訳ないって表情に変わるのが面白いらしいわよ?」 「…へ、へえ」 「それで二人してどんどん待ち合わせ時間より早く行くようになって、もう待ち合わせ時間決める意味ないわよね、あれ」 「…なんというか…馬鹿、なんだね」 「そうね。アレが本当のバカップルってやつよ」 back -------------------------------------------------------* |