恋をしたことがあるかと聞かれたらもちろんイエス。
同級生、憧れの先輩、優しい先生。女友達で集まれば相手の恋を応援したり、時には腹を探り合ったり。
年相応に恋をして、恋愛っていうのは、砂糖菓子のように甘くて、終わってしまうときはコーヒーのようにほろ苦いものだと思っていた。
そう、ついさっきまでは―――


何が起きたのかわからなかった。
さっきまで私の腕を掴んでいた男は5m位先で泡を吹いて倒れていた。1人は壁にたたきつけられて気絶しており、もう1人はその横で白目をむいている。
この場に立っているのは私と、私の胸倉をつかんでいる彼だけ。
わからない。
助けてくれたんだと思った。
自分からぶつかってきたくせにいちゃもんをつけてきた男たち。
怖くなって、逃げた。
振り向きざまに誰かにぶつかって、カシャンと何か落ちたような音がしたが、気にしてなんかいられなかった。
必死に走った。しかし所詮男と女。すぐに追いつかれて人気のない路地裏に連れ込まれてしまった。

「は、なして…」

震える声でしか抵抗することはできなかった。
男たちは深いな笑い声をあげて私の体をまさぐった。
手の感触が気持ち悪くて、泣きたくないのにジワリと視界が滲む。

「やめて…!」

精一杯叫ぶと、私の正面にいた男が吹っ飛んだ。私はそのとき人が実際に宙に舞うのを初めて見た。
唖然としているうちに残りの二人も宙を舞い、裏路地に静寂が戻った。
男たちは動かない。どうやら気絶しているようだ。
私、助かったの…?
助かったことに気付いた途端いまさら膝がガタガタ震えて、私はその場に座り込んだ。

「おい」
「え?」

耳触りのいい声が降ってきて私は驚いて顔を上げた。

「あ…」

そこには背の高い男の人が立っていた。不機嫌そうなで私を睨んでいる。
そうだ、人が勝手に宙を舞うわけがない。この人が助けてくれたのだ。
お礼を言わなくては…
そう思い私は立ちあがろうとしたが、身体に力が入らない。完全に腰が抜けていた。
すると彼はすっと私に手を伸ばした。

「あ、ありがとうございま…」

手を貸してくれるんだと思い、私も手を伸ばした。
しかし彼の手は私の手を素通りし、私の胸倉を掴み上げた。

「う、ぐ…」

苦しい。恐らく足は地面についていないだろう。
深い緑の瞳に睨まれてさっきとは毛色の違う恐怖を感じた。

「テメェ、人にぶつかっておいて謝罪もしねーとはいい度胸だな…」
「ぶ、つかった…?」

いつ…?
必死に記憶を手繰る。ああ、そういえば逃げるとき誰かにぶつかったような…

「ごめんな、さ…」

とぎれとぎれ謝罪を口にすると彼は突き飛ばすように手を離した。

「ゲホッ、ゴホッ…」
「フン、次はないと思え」

それを言いに来ただけとでもいうように、彼は踵を返した。背中を壁に打ち付けて、せき込む私に見向きもせず。

「なに、あの人…」

意味がわからない。
本当にそれだけを言うためにわざわざ私の後を追ってきたとでもいうのだろうか。
それもわざわざ文句言いに来た相手を助けて。
意味がわからない。
敵意しか感じなかった瞳を思い出す。
ゾクリ、と背筋が粟立った。

「え…」

いやいやいや、あり得ないでしょう。
胸倉をつかまれたんですよ?
壁に叩きつけられたんですよ?軽くだけど。
私一応女なのに。
なのになんで、

「なんで、ドキドキしてんの…?」

本当に、意味がわからない。





恋に落ちたSeptember





最初に引き込まれたのはその瞳。
射抜くような眼光の奥に見えた暗い何か。
手負いの獣のようなその瞳が印象的な人だった。

恋はするものじゃなくて落ちるものなんだと、気づかせてくれたのは君でした。

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