私の両親は四年前に亡くなりました。
流行り病だったそうです。
私はその間、とある理由で遠出をしていたので両親の死に際に立ち会うことができませんでした。
連絡を受けてメルトキオに戻った時にはすべてが手遅れ。
私に残されたのはお金と屋敷と使用人、そして


「ゼロス様ご機嫌よう」
「神子様、今日もお美しいですわ」


甘ったるい声に私は慌てて時刻を確認しました。
ああ、なんてことでしょう!
もうこんな時間だったなんて…
のんびり感傷に浸っている場合ではありません。
すぐにこの場を離れなければ!
はしたなくもドレスの裾をまくって走り出そうとすれば何かに引っ張られ、私は勢いよく尻もちを着いてしまいました。
なんてみっともない…
そして、なんて痛いのでしょう。
これは子供が転んだりしたら大怪我をしてしまうかもしれません。
陛下に申し出て改善をお願いするべきでしょうか…


「大丈夫か?」


差し出された手をできる限り見ないようにしながら考えを巡らせる。
わかっています。
そんなことしても時間稼ぎにしかならないということは…


「オレ様を無視するなんていい度胸じゃねーか」


腕を掴まれて無理やり立たされました。
あああ…
どうしましょう、時間稼ぎどころか状況が悪化する一方です。
って、どうして手を私の腰に添えるんですか!?
あ、顎をクイッてしないで下さい!
顔、近い、です。


「久しぶりだな、ハニー?」


至近距離で微笑まれても私の顔色は悪くなるばかりでロマンスの欠片も見当たりません。
放してほしいと目線で訴えかけても彼は飄々とするばかり…
後ろの方々の視線や近すぎる距離に私はとうとう逃げることを断念しました。
せざるを得ません、こんなの…


「ご、ご機嫌よう…ゼロス様。」


彼と、ゼロス様とこんなに近くで話すのは何年ぶりでしょうか。
徹底的に避けていたので顔を見ることも久しぶりです。


「ぜ、ゼロス様!その娘はゼロス様の何なのですか!?」
「ゼロス様にひっつかないでよ!図々しい!」


ひっついているのはゼロス様です!
殺気にも似た視線に内心で泣きそうになりつつ必死でゼロス様を引きはがそうと奮闘するも悲しいかな、私の力などゼロス様は痛くもかゆくもないといったご様子です。


「何って言われても…なぁ?」


ちょ…意味ありげに私を見ないでください!
勘違いでもされたらどうするんですか!?
って、ああ…無駄ですね。
この顔は確実に何かを企んでいる顔です。
予想通りというかなんというか、ゼロス様は綺麗な笑顔で爆弾発言を落としてくださいました。


「こいつはオレ様の婚約者だ」


笑顔
「ずっと隠していたのに!」
「オレ様を無視するのが悪いんだぜ?」



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