「恋愛禁止令って馬鹿らしいわよねぇ」

ボソリとそう言うとトキヤは驚いた顔をして私の口を塞いだ。壁に耳あり障子にメアリーな早乙女さんを警戒しているんだろうけど、鼻まで塞がれたら息ができない。息苦しくて私の口と鼻を押さえつけている右手に噛みついた。食いちぎってやろうかと思ったけど血の味は好きじゃないからそこまで力は入れていない。それでも結構痛かったと思う。トキヤは私の顔から手を離してそのまま距離をとった。

「け、獣ですかあなたは!」
「アイドル目指している女の子を指さして獣なんて失礼ですよ。一之瀬くん」
「アイドル目指している女の子は人の手に噛みついたりしません!」

トキヤうるさい。そんな大声だしてクラス中がこっち見てるじゃない。もちろんアイドルを目指している以上、人に注目されることなんてなんとも思わないけど、こんな注目のされ方はまっぴらだわ。
そんな意味を込めて軽く睨むとトキヤは自分たちに向けられた視線に気づいたのかわざとらしく咳払いをした。

「で、なんだって急にそんなことを?」
「…アレよ。アレ」
「…ああ」

顎で廊下を示すとトキヤは納得したようだった。

「アレは規格外でしょう」
「あそこまで大胆な規格外があったら恋愛禁止令の意味って何…って思うのは仕方がないでしょう?」
「ですが、そもそもアレは恋愛とは言えないのでは?」
「そう?アレはともかく周りには本気の人も絶対にいるわよ?」
「片思いまで禁止されているわけではないのですからいいのではないですか?」
「それは…そうだけど…」

私が言葉に詰まったのと同時に廊下から上がる黄色い歓声。普段から聞きなれているけど今日はいつにもまして酷い。まったく、ここは動物園じゃないのよ。あなたたちだって仮にもアイドル目指しているならそのミーハー直したほうがいいんじゃないかしら?

「名前、人様に見せられないような顔になっていますよ」
「…わかってるわよ」

今ならAクラスの裏四ノ宮にだって張り合えるような形相をしている自信があるわ。




「昼休み、イッチーとずいぶん楽しそうだったじゃないか」

放課後、気分が乗らないから今日はさっさと寮に戻ろうと廊下を歩いていたら急に腕を引かれ空き教室に連れ込まれた。とっさに来栖直伝の回し蹴りを決めようとしたが、軽く受け止められる。ならば急所を…と狙いを定めると聞きなれた声が上から降ってきた。

「なんだ…レンか」
「なんだとは御挨拶だね。というか、いったいどこで武術なんて習ったんだい?いい蹴りが飛んできたから驚いたよ」
「企業秘密。女の子は知らないうちに強くたくましくなっていくものなのよ」
「さて、美しくなるっていうのは聞いたことがあるけどね」

冗談はさておき。そう言ってレンは私のすぐ後ろの壁に手をついた。当然私とレンの距離もぐっと縮まる。

「昼休み、イッチーと何を話していたんだい?」
「…」

迫られている。これは間違いなく私がレンに迫られている構図だ。しかもレンの表情は普段の飄々としたものではなく少し焦っているような、苛立っているようなもの。それがとても愉快で私は口元が緩んでしまった。

「…なに?そんなに楽しい会話をしてたのかい?」

口元をひきつらせながらもまだ余裕があるとでもいうように振る舞うレンのもっと色んな表情が見たくなって私はにっこりと笑って見せた。

「そうね。少なくとも両手じゃ足りないくらいの女の子を一日中侍らせてた誰かさんよりといるよりは楽しい時間を過ごせていたかも…」

しれないわ。と続くはずだった言葉はレンの唇に飲み込まれてた。

「ふっ…あ…」

息もつかせないようなキスの雨。いくら空き教室だからっていつ誰が来るかわからない。止めるべきだとわかっているのにキスを拒もうとは思わなかった。





「レディの扱いに関しては学園一の神宮司レンはどこにいったかしらねぇ」
「名前が悪いんだよ?」

わざと怒らせるようなこと言うから。そう言ってレンは困ったように笑った。

「それを言うならレンだって悪いのよ」

いくら表面上だけとはいえ、今日という大切な日に私をほったらかしにしたんだから。軽く睨みつけるとレンは困ったような笑顔ではなく少しだけ照れくさそうな笑顔を浮かべた。

「だから、受け取ってないだろう?」
「まだ誰からも祝われてないって言いたいの?」
「名前に一番に祝って欲しかったからね」

レンは私の髪をひと房手にとりそっと口づけた。腹が立つくらい様になっている。

「君から言ってくれるかい?」
「…当然よ」

レンの首に腕を回して自分から軽く唇を押しつけた。

「誕生日おめでとうレン。大好きよ」





ハッピーバースデー!

レン誕生日おめでとう!

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