自分はとても身分不相応の恋をしている。 懸想することさえ恐れ多い。だってお相手は将来この国を背負っていくであろう高貴なお方。 士官学校を卒業して配属先が発表された後、同じ場所に配属が決まった同期の半分が辞表を提出し、残りの半分も一年たたずに剣を捨ててしまった。情けないと思うが、それと同時に仕方ないとも思ってしまう。それほどあのアリーシャ様のお立場は厳しいのだ。 王族をよく思わない市井の民からは石を投げられ、または政治的な裏工作によって命を狙われることも一度や二度ではない。それを阻止するのが自分たち兵士の役目。 自分以外の一般兵にとってはとんでもないハズレくじ。理想を胸に兵士になっても、お立場の弱いアリーシャ様についていては出世も望めない。心を折るなというほうが難しいのかもしれない。 それはアリーシャ様もわかっていたのだろう。どこか諦めた顔をした同期たちと初めて顔を合わせたアリーシャ様の悲しそうなお顔が頭から離れない。 でも自分は違う。自分が兵士になったのはアリーシャ様を守るためだ。幼いころ、両親と一緒に行った祭りでアリーシャ様のお姿を一目見て心を奪われてしまった。完全な一目惚れだ。しかし調べれば調べるほど、知れば知るほどアリーシャ様の素晴らしさを知った。そしてこの国を支えていくアリーシャ様を支えていきたいと思った。 だから自分が今この場所にいることは、ハズレくじどころか大当たりくじだったのだ。 「アリーシャ様!」 たとえ命に代えてでも、貴女をお守りすることができる。それだけで自分は幸せなのですアリーシャ様。 目を覚ますと城の医務室だった。 体を起こそうとすると左肩に激痛が走る。 自分はたしか視察中のアリーシャ様の警護をしていて… そうだ、不貞の輩がアリーシャ様に襲い掛かったんだ!自分が気づくことができたのだから暗殺者の類ではなく、今の王族に不満を持つ輩だったのだろう。アリーシャ様をかばって初手を受け止めたことまでは覚えている。しかし、その先は?アリーシャ様はどうなった? 「あ、目が覚めましたか?」 「アリーシャ様!アリーシャ様はご無事ですか!?」 「いけません!興奮しては傷口が開いてしまいます!」 必死に起き上がろうとする自分を看護婦が血相を変えて抑えつけた。 傷口が開こうとどうでもいい。一刻も早くアリーシャ様のご無事を確認したかった。 「自分のことなどどうでもいいのです!そんなことよりアリーシャ様は…!」 「私は大丈夫だ!だからどうか安静に…」 凜、と芯の通った声が医務室に響いた。 その声は毎日自分が聞いているもので、聞き間違えようのないもので、でも自分などにかけられる筈のないもので… 「ひ、姫様!こんなところにいらしては…!」 「彼の容体が気になってしまって。大丈夫、マルトラン先生の許可はとってある」 「あ、アリーシャ、様…?」 「目が覚めてよかった。怪我の具合はどうだろうか?」 これは夢だろうか。アリーシャ様が、自分に話しかけてくださっている。 「え、あ、あ…う…」 「せ、先生!言葉がうまく話せていないようだが、もしかして頭を打った後遺症なのでは!?」 自分が言葉に詰まるとアリーシャ様は顔を青くして先生に向かって声を荒げた。 「ち、違います!大丈夫です!」 「そうか…」 慌てて否定すると安心したように微笑んで、その笑顔の美しさに破裂してしまうのではないかというくらい心臓がバクバクしているのを感じた。 「けれどすまない。私のせいで怪我をさせてしまって」 「そ、そんなお言葉自分には勿体ないです!それにこんな怪我なんてことありません!自分はアリーシャ様をお守りするために生きているのですから!」 「私なんか、命を懸けて守る必要なんて…」 「私なんかなど、仰らないでください。自分にとってアリーシャ様が健やかであることが一番大切なんです。自分の一番大切なお方のことをなんかなどと、アリーシャ様ご本人でも許せません」 さっきまで言葉に詰まっていたのが嘘のように自然と言葉が口から溢れた。 アリーシャ様はポカンとして表情で自分を見つめている。 興奮してしまったせいか、肩で息をしてから、アリーシャ様の表情を見て自分はハッと我に返った。 「も、も、申し訳ありません!出過ぎたことを言いました!本当に申し訳ありませんでした!」 「いや、いいんだ。庇ってくれた人の前で言うことではなかった。すまない。それと、ありがとう…」 包帯の上からそっと傷跡がある場所に触れ、アリーシャ様は本当に、きれいに微笑んだ。 「嬉しかった。正直、私のことを大切と言ってくれる兵がいるなんて思ってもいなかった」 「そんなこと…」 ないとは言えなかった。いなくなってしまった同期。自分よりもはるかに実力の優っている先輩方が気づかなかった、いやあえて無視をした昼の事件。 「ふふ、君は正直者だな。それじゃあこの世界は生き難いぞ」 「それは、アリーシャ様も同じでしょう」 「…そうだね。私たちは生き難い者同士だ」 「それでも、自分はアリーシャ様について行きます」 「そう、そっか…」 ぐっと何かを堪えるようにアリーシャ様は言葉を詰まらせた。自分は震えるアリーシャ様の小さな手だけを見つめて、顔は決して見なかった。きっと、アリーシャ様は今顔を見られたくないだろうから。 短くない時間がたってから、アリーシャ様は顔を上げ、真剣な表情で自分と視線を合わせた。 「こんなことを聞いて、君は気分を害するかもしれない それでも、教えてほしい 君の名前を…」 笑顔のアリーシャの為に 続きます back -------------------------------------------------------* |