デビュー後恋人設定 溶かしたチョコレートに入れるのは生クリームと彼への愛情。仕上げにカカオパウダーをふるえばブランデーが入った少しだけ大人風味の生チョコレートの完成。形が崩れないように箱に詰め、オレンジの包装紙と彼のイメージカラーであるピンクのリボンでラッピング。少し不格好になってしまったのは御愛嬌ってことで。 「できたー!」 バレンタイン当日午後11時。なんでこんな時間にチョコを作っているのかといえば、仕事のせい。つい2時間前までバラエティのバレンタイン特集に出演していた。大勢いる女性アイドルの一人としてだったけどゴールデンの特番で生放送。私にとってはこれ以上ないチャンスだ。打ち合わせや準備に必死で自分のチョコを用意する暇なんてなかった。閉店直前のスーパーで材料を買い込み、帰ってきてから作り始めたらもうこんな時間。 「できたけど…来栖起きてるかな…」 来栖も今日は一日バラエティ番組のロケだったはず。しかもかなりハードな。収録はとっくに終わっていて寮にも帰ってきてるはずだけど、もう寝ているかもしれない。起きてたとしてもきっと疲れてるだろうな。部屋に行ったら、迷惑かな…?ゆっくり休みたいだろうし…。 明日はお互いオフだから一緒に出かけようと約束している。バレンタインに一緒に入れない分、思いっきり楽しもうな!笑顔で言った来栖の顔は、ここ一週間ほどちゃんと見ていない。最近回されるのはソロのバラエティばっかりだ。もちろんユニットだから歌番組や曲の番宣では一緒に呼ばれるけど、しばらく新曲は出していない。仕事を選べる立場じゃないことはわかってるけど、一緒の仕事が減ってしまったのは少しだけさみしい。それに――― 「初めてのバレンタインだし…」 付き合って初めてのバレンタイン。クリスマスもお正月も仕事に追われていて顔を合わせることすらできなかった。でも今日は違う。隣の部屋には来栖がいる。会いに行こうと思えば会える。 ―――いいよね?会いに行っても。 明日会えるってわかっていても、会いたい。今すぐ来栖に会いたい。 私いつからこんな我慢のできない子になったんだろう。学園に通ってたときは来栖に1か月以上会えないことも気持ちを抑えることも我慢できた。なのにたった一週間で限界なんて…。一度自分に甘くなるとだめだ。もう我慢することができない。 ラッピングしたチョコと鍵だけ持って部屋を出た。 「あ…」 「え…」 玄関の扉を開けて来栖の部屋のほうを向くと、私と全く同じ体制の来栖と目があった。 しばらくお互い固まっていたけど、いつまでもドアを開けっ放しなわけにもいかない。とりあえずお互いドアを閉めて向き合った。 「ひ、ひさしぶり…?」 「お、う、久しぶり…」 「ロケだったんだよね?お疲れ様」 「サンキュ。お前も生放送お疲れ。途中からだけど見てたぜ」 「あ、ありがとう」 会話が続かない。おかしいな久しぶりにあえてすごく嬉しいのに…。いつも私来栖とどんな会話してたっけ?えっと、仕事の話、曲の話、春歌の話…。駄目だ!何も思い浮かばない! 「…お前、こんな時間にどこ行くんだよ」 「え?」 「いや、その…危ないだろ。こんな遅くに出歩いたら」 うわ、来栖がすごく彼氏っぽい。これはあれだよね?私が彼女だから、心配してくれてるってことでいいんだよね?なんだかすごくはずかしくなってきた…。 きっとここで来栖の部屋に行こうと思ってと言うのが正解なんだと思う。でもそんなの、恥ずかしくて言えない。無理。死んじゃう。 「く、来栖こそどこ行くの?そんな格好で出歩いたら風邪ひくよ?」 だから話を逸らそうと質問に質問で返したら来栖の顔が真っ赤になった。え、え、何?私何かまずいこと言った? 「俺は…、お前に会いに行こうかなーと思って」 「え…」 「明日会えるってわかってっけど!最近電話とかメールでしか話せてなかったし、今日はお前あの生放送だけだからもう帰ってきてるよなぁって思ったから…その…」 最後のほうは小さくて聞き取り難かったけど、ちゃんと全部聞こえた。来栖は顔を赤くして目を泳がせている。 「わ、私も…」 無意識に言葉が出ていた。ああ、なんだかもう、今すごく幸せな気分です。 「私も来栖に会いに行こうと思って…」 来栖の顔がさらに赤くなった。きっと私も負けず劣らず真っ赤になっているだろう。だって顔がすごく熱い。 来栖も会いたいと思ってくれてたこととか、同じタイミングで部屋を出たこととか、偶然が重なっただけだけどなんだか運命という言葉を信じてみたくなる。バレンタインってすごい! 「あのね、渡したいものがあるから来栖の部屋行ってもいい?」 「もちろんいいぜ!」 「ありがとう」 「でも…」 スッと私と来栖の距離が縮まって唇に何が柔らかいものが押しつけられた。 「来栖じゃなくて、翔だろ?アキ」 St. Valentine's day! 意地悪な笑みを浮かべた来栖は少年じゃなくて男の目をしていて、なんというかもう、私は爆発しそうです。 back -------------------------------------------------------* |