翌日、私は自分に活を入れつつ教室に向かった。 言う。来栖と七海さんに会ったらすぐに言うんだ。やっぱり二人に迷惑はかけられない。一人でもデビューしてみせるから大丈夫。って言うんだ。少し見栄を張って、ライバルの助けなんていらない!とか言っちゃってもいいかもしれない。…それは言い過ぎだよね。うん、私がライバルとか恐れ多い。 頭の中でイメージトレーニングを何度も繰り返していると、前に来栖と七海さんの姿が見えた。一度大きく深呼吸をして私は息を吸い込んだ。 「来栖、七海さん!」 「あ、水瀬さん。おはようございます!」 「おっ、おはよう!」 七海さんに釣られて私も挨拶を返してしまった。違う!あ、いや、アイドルを目指している以上挨拶は大切だから違う事は無いんだけど、今言いたいのはそう言う事じゃなくて… 「おはよ。…朝から元気いいなお前ら」 「ふふ。翔くんはまだ眠そうですね」 「那月のやつがうるさくてな…」 それに今日から頑張らないとって思うと寝付けなかった。そう言って来栖は少し恥ずかしそうに頬を掻いた。 「私も今日から授業が始まると思うと楽しみでなかなか寝られませんでした。水瀬さんは昨夜ちゃんと寝れましたか?」 「う、うん。ぐっすり」 「お前、案外神経太いんだな」 神経太かったらこんなに悩んでないよ。そうつっこみを入れそうになったのをぐっと堪えた。どんどん話が違う方向に行ってしまう。これ以上話をするきっかけを逃すわけにはいかない。まだ、まだ大丈夫。挨拶しただけだし大丈夫。頑張れアキ。ずっとイメトレしてきた成果を今ここに! 「あ、そうだ。お二人に見せしたいものがあるんです」 二人に話したいことがあるの!私がそう切りだす直前に七海さんは鞄から譜面を取り出し私と来栖に差し出した。 「これ…」 「部屋に戻ってからも音がどんどん浮かんできて、とりあえず1曲ずつ作ってみました」 どうでしょう?と少し不安そうに七海さんは私たちの様子を窺う。受け取った譜面に目を通して驚いた。 「すっげー!お前天才?昨日聴かせて貰った曲も凄かったけどこれも超いい曲じゃん!」 本当に、凄い。とても一晩で作ったとは思えないほど完成度が高い。しかも1曲ずつと言う事は昨夜2曲作ったという事だ。信じられない。来栖は興奮気味に七海さんの曲を褒め称えている。家来だとか王子だとか聞こえたような気がしたけど、頭の中には入って来なかった。 私が歌うためにつくられた曲。私だけの、曲。嬉しさと申し訳なさがぐちゃぐちゃに混ざり合ってぎゅうっと胸が締め付けられた。 「やっぱり駄目だよ!」 譜面を握り締めて私は叫んだ。今言わないと駄目だ。離れられなくなってしまう。来栖と七海さんが驚いたように私を見たのが雰囲気で分かった。顔をあげられなくて私はつま先を見ながら口を開く。 「私、こんなにいい曲歌いこなせる自信ない。私にはもったいないよ」 足手まといになりたくないの。絞り出すように言った言葉は果たして二人に届いただろうか。 「そうですね。この曲は水瀬さんの曲とはいえません」 「…っ」 わかってたことだけど実際に言われるとグサリとくる。矛盾してるのはわかってるけど仕方ないじゃない。 「だってまだ私、水瀬さんの歌をちゃんと聞いていませんから」 「え」 「この曲は水瀬さんのイメージをもとに私が勝手に作った曲です。水瀬さんの音域、水瀬さんの歌い方。私は水瀬さんの個性をまだ何も知りません」 だからこの曲はまだ水瀬さんの曲じゃないんです。私の手を握って七海さんは優しく微笑んだ。 「足手まといなんて言わないでください。私の曲だってまだまだお二人に歌ってもらえるレベルじゃありません」 だから一緒に曲を作りましょう。たくさん練習して、卒業オーディション優勝して、3人でデビューしましょう! 「私、水瀬さんとデビューしたいです」 「七海さん…」 握られた手にギュッと力を込められた。じわじわと目頭が熱くなっていくのがわかる。 「本当に、私でいいのかな…」 「だー!お前もしつこいな!昨日も言っただろ!お前が、いいんだ。だろ?春歌」 「はい!翔君王子の言うとおりです!」 「よし、いい返事だ。さすが俺様の家来」 来栖は誇らしげに胸を張り、七海さんも嬉しそうに笑っている。優しい人たちだ。こんな優しい人に甘えてしまって本当にいいんだろうか。うだうだ悩んでいたらまた怒らせちゃうかもしれないけど、それでも… 「あと、今更ユニット組まないって言っても無理だと思うぜ」 「え!?」 「シャイニング早乙女が決めたことは絶対だ。お前もアイドル目指してこの学園に入ったんだからそのくらい知ってるだろ。例え俺達からの提案だとしても、あの人が認めた時点で俺達は運命共同体。うだうだ言ってないで腹ァくくれ」 あの人に逆らって芸能界で生き残ったやつはいないんだからなと真顔で言う来栖を見て唖然としてしまった。じゃあ私が昨日あんなに悩んでたのは無駄だったってこと?早乙女先生が芸能界に大きな影響力を持っているのは知っていたけど、まさかそこまでだったなんて… それに…。と来栖が声色を変えて私の肩を掴んだ。え、なんか、怒ってる…? 「なんで最初から諦めてんだよ。自信がないってなら死ぬ気で努力しろ!」 言い返すことなんてできなかった。来栖の言うとおりだ。無理って決めつけて努力をしようなんて思わなかった。 「ご、ごめんなさい」 「でもま、不安ってのはわかるぜ。俺だってこんなにすげー曲今すぐには歌えねーし」 今まで怒っていたのが嘘のようにカラリと笑った。その笑顔を見てドキリと心拍数が上がる。え、なに?なんで? 「今日の放課後、さっそく練習しようぜ?」 「あ、じゃあ私レコーディングルーム予約しておきますね」 「頼むな。水瀬、お前も絶対に来い」 「え?」 「自信をつけるには練習が一番!その後ろ向きな根性俺が叩きなおしてやるよ」 来栖は私の背中をバシンと叩いた。力加減はしてくれたんだろうけど、痛い。 その直後、チャイムが鳴り始めた。驚いて周りを見ると辺りには誰もいない。ま、まずい…!初日から遅刻! 「うわヤッベ!おい、走るぞ!」 「はい!」 「ちょ、ちょっと待ってよ!」 まだ話終ってないのに…! back -------------------------------------------------------* |