来栖に女子寮まで送ってもらい部屋に戻った私はそのままベッドに倒れこんだ。今日初めて袖を通した制服が皺だらけになるかもしれないけど別に気にしない。ここには私を見てクスクス笑う人はいないんだからどうでもいい。
同室の人はまだ戻ってきていない。入学式の前に荷物を置きに来た時少しだけ話をしたけど、私と同じくあまり自分から話す人じゃないみたいだった。Sクラスにはいなかったから他のクラスの人なんだろう。そう言えば作曲家コースかアイドルコースなのかすら聞いてなかった。それくらい聞いておいた方がよかったかな…。

「まあ、いっか…」

聞く機会があれば聞けばいい。女同士のルームシェアなんてさっさと相手と仲良くなっておかないと気まずくなる一方だとわかりきっているのに、今は無理して交友を深める気にはなれなかった。

「ユニットかぁ…」

まさか彼女以外の人とユニットを組むことになるなんて思ってもいなかった。決まったことに文句を言っても仕方がないけど、不安なものは不安だ。
来栖の歌は飾り気がなくてまっすぐで、来栖の性格をよく表していた。自己紹介のときの一度しか聞いてないけど、来栖の歌を思い出すと胸に熱い何かがこみ上げてくる。きっとこの人はアイドルになるんだと、一度聞いただけで来栖の歌に引き込まれた。
でもユニットということは卒業オーディションも一緒に歌うってことで、私のミスイコール来栖と七海さんのミスになってしまう。私のせいで二人がデビューできなくなってしまうかもしれない。それが一番怖い。

『お前の歌を聞いて、お前と一緒に歌いたいって思った』

一緒に歌いたい。私だってそう思った。私もあんな風に素直に自分を表現したい。でも、自信がない。私に歌えるの?彼と釣りあうような歌が。

「足手まといには、なりたくない…」

今さらなのかもしれない。だってもう2度も助けられてしまった。だからってこれ以上頼っていいわけじゃない。やっぱり駄目だよ。一度流されはしたけど、これは私の夢。私の未来。来栖や七海さんに頼っていたら駄目だ。それじゃ今までと変わらない。私が変わらないと。
明日、二人と話そう。そして私の気持ちを伝えよう。

「まだ起きてたの?」

気持ちに整理がついたところでタイミング良くルームメイトが帰ってきた。

「おかえり。うん、ちょっと考えごとしてて」
「そう」

ルームメイトは自分の机に向かい譜面に目を通し始めた。初日からしっかり勉強するなんて真面目だな…。ぼんやりその後ろ姿を眺めていたら視線が気になったのか彼女は私の方へ近づいてきた。

「そのまま寝たら制服、皺になるんじゃない?」
「うん…でも、眠くて…」

ふかふかのベッドに横になっているとずるずると意識が泥のように沈んでいって、自分が疲れているんだなと改めて実感する。それもそうか。今日は朝から悩みっぱなしだったもんね。
せめて布団くらいかけなさいよ。と呆れたように掛け布団を私の頭から被せる。案外世話好きなのかもしれない。その際彼女の手が頬に当たった。

「…手」
「ん?ああ、ごめん。ぶつかった?」
「柔らかいね」
「…は?」

眠くて自分でも言っていることがよく分からなくなっている。ただ、さっきまで繋いでいた手を思い出してしまった。

「来栖の手、大きかった…」

私とは違う綺麗だけど骨ばって少しごつごつした手。小さくても男の子、なんだよね。今まで男の子と話したことなんて殆どないから不思議な感じだ。くすぐったいような、恥ずかしいような。

「…よくわからないけど、恋愛は御法度なんだからね」
「しってるよー」
「ならいいけど」

ルームメイトの言葉を頭のどこかで聞きながら、私は完璧に意識を手放した。
この気持ちは恋愛感情なんかじゃない。だって私が来栖に感じてるのは恩義と罪悪感。

恋愛が入り込む隙間なんてない。





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