「最悪だ…」

どうして私はここにいるんだろう。何度も何度も繰り返した問いかけをもう一度自分にしてみる。
私の彼女とデビューするという夢は砕け散ってしまった。もともと彼女の両親はアイドルなんて先の見えない職業に反対していた。しかし娘に小さい頃からの夢を叶えて欲しいという気持ちもあり、一度だけ早乙女学園への受験を許してくれたのだ。だからこそ彼女はあんなに努力していた。しかし、その努力は報われなかった。
わからない。どうしてあんなに頑張っていた彼女が落ちた学園に私が合格できたのか…。歌唱力も、ダンスも私は到底彼女にかなわなかった。当たり前のことだ。いくら努力したって1年かそこらで何年も前から必死に頑張っていた彼女に敵うわけがない。

「どうして…」

私は自分の机に突っ伏した。ここは早乙女学園の教室。入学式も終わり周りの人たちは楽しそうにクラスメイトと雑談をしている。そこには彼女だって居た筈なのに…
彼女が入学できなければ私が早乙女学園に入っても意味がない。私は当然辞退するつもりだった…が、周りがそれを許さなかった。両親は娘の快挙に歓喜して親戚やら友達やら近所の人にまで自慢をしまくったらしい。外に出れば頑張ってね、サインくれと声をかけられ、親戚連中にいたっては宴会まで開いてしまう始末。もう辞退すると言えるような雰囲気ではなくなってしまった。期待という重荷を背負わされてしまった。勝手に降ろすことは許されない重荷を。
そして私は今ここにいる。

「ほらお前等席につけー。ホームルームはじめっぞー」

担任の日向先生がやってくるとクラスメイトたちはそれぞれの席にもどった。ミーハーな気持ちでこの学園を受験したわけではないが、それでも超有名芸能人が担任だと思うと少し舞い上がってしまうのは仕方がないと思う。さっきまであんなに落ち込んでいたのに単純な自分の性格が嫌になる。
日向先生は軽く自己紹介をしてから学園の説明をしてくれた。施設はもちろんカリキュラムも充実していてこの学園がアイドルへになる一番の近道と言われている理由にも納得できる。

「そんじゃ、パートナー選択の参考のためにも自己紹介をしてもらう」

そう言うと日向先生は適当に生徒を指名し自己紹介をさせていった。パートナーになったアイドルと作曲家は一蓮托生。しかも原則的に一度決まったパートナーの変更はできない。それまでどこか浮ついていた教室内の雰囲気は一変した。アイドルコースの生徒は歌ってみたり得意な楽器や特技を披露し、作曲家コースの生徒は自分の作った曲を流す。
みんな真剣だ。真剣に自分の夢の為に努力している。
私なんかより、ずっと

「次、水瀬アキ!」
「あ、は、はい!」

急に名前を呼ばれ私は勢いよく立ちあがった。勢い余って椅子が倒れる。ガシャンとけたたましい音と一緒に考えていた自己紹介の内容も飛んでしまったらしい。椅子を起こすことも言葉を発することもできない。クスクスとどこかから押し殺した笑い声が聞こえてきて私はさらにパニクッた。
顔を上げられない。恥ずかしい。消えてしまいたい。やっぱり私にアイドルなんて無理だったんだ。

「おい!人の失敗を笑うな!」

シン…と教室が静まり返る。声の主は隣の席の男の子だった。名前は確か、来栖。教室でも帽子を外さず、指定の制服をお洒落に着崩している。来栖は笑っていた生徒を睨みつけると今度は驚いて言葉の出ない私を振り返った。

「お前もビクビクしてんな!アイドルになりたいんだろ?」

来栖の言葉はストンと私の心に落ちてきた。アイドルになりたい。そうか、私アイドルになりたいんだ。最初は彼女の影響でアイドルを目指した。でも歌う事やダンスは楽しくて、自分の歌を聴いて褒めてもらえるのは嬉しかった。いつのまにか彼女は関係なくアイドルになりたいと思うようになった。それがいくら期待されたからって私がやめると言えばやめることができたのに、私がここにいる理由。
彼女に対する後ろ暗さは消えていない。でもこんな簡単なことで悩んでいた自分が滑稽で少し笑えた。

「…うん」
「ならもっと胸張ってろ!」
「うん!…ありがとう」

お礼を言うと来栖は何故かそっぽを向いて席に着いた。思春期なのかな?年頃の男の子はよく分からない。
私は倒れた椅子を起こし、背筋を伸ばした。

「水瀬アキ、アイドル志望です。よろしくお願いします」


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