綺麗な人。6
「ほら、優太君!」
手招きする先に、男の人。
「どーも……っていうより。僕は貴方を知ってますけどね」
「え、えっとぉ?」
……やっば、先輩かな?
「沢井 拓。まぁ、覚えてるといいんですけど」
「え。あ……。拓……先輩」
「まったく先輩なわけじゃないけど、同い年じゃん? その辺は担任教師から聞いてますから、その他もろもろ。先輩なんて言わないでください、頼みますよ?」
「え、知り合いなの、優太君?」
驚く椎羅。
「えっと、学校で一緒に遊んだことがあって、あとはスケートずっと一緒だったんで」
「そういうことで。まあ彼は僕の友達。あ、まさか。この人? 例の10分間男ってやつ?」
「あーあーあー、拓、そんなこと言わないで! あのね、それで、今日は久しぶりになんだけど、優太君が滑ってくれるんだって。だから私見たいなぁって」
「え、優太やってたんですか?」
「あ、やめてからぶっちゃけ一度もやってないんだけど……貴方のお嬢様が頼んでくるから」
そういって俺は彼女にウィンク。
「じゃ、ちょっと練習してくる」
僕はスケート靴で昔の感触を思い出す。あの風を切るような心地よさ。飛んだ時の一瞬の浮遊感と着地できた時の喜び。
すべての集中力が演技を左右する、あの感覚。
滑るほどに思い出す。姉のこと、姉を追って始めたスケートのこと、姉の足のけがの跡もうここを降りるんだって決めたときのこと。2月14日、僕の誕生日にもう一度このリンクに戻ってきたこと。すべてがか細いけど素晴らしい運命の糸で結ばれているような気がして。
やがて、一緒に滑っていた一般の人たちも少なくなっていった。今が一番滑りやすそう。……そのチャンスを逃さず、僕は彼らに手を振った。
「行こうっ」
会場のバックサウンドがあの音楽に変わった。きっとたまたまだったんだろうけど。
「トゥーランドット、誰も寝てはならぬ夜に」
走り出す。動き出す。今、時計の針を回すのは僕だ。
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