綺麗な人。3
「私の名前は椿 椎羅。ちょっと漢字がめんどくさいけど、許してね」
許すも何も僕には全く興味ないよ、なんていえないので。
「素敵な名前だと思うよ。僕は青木優太って言います。それにしてもこんなに込んでるのに、店内にすぐ座らせてもらっちゃって……女性陣のうらみ買いますよ」
「ああ、大丈夫。うちのお父さんがここ継いでるから。本当はオルゴール店だったんだけど、ちょっとおじいちゃんの体調が悪くなって、まもなく……空に行っちゃって。お父さん、手先は器用なんだけどなかなか時計の作業はヘタだったから、ショコラティエになっちゃって。うん、今は家族経営だよ。文句があったら私がお父さんに泣きつけば大丈夫」
へぇ……そ、そうなんだ。なんかついていけない。。。
「あ、どれにする? お金なくても大丈夫だよ? 家族はいつでもタダなの」
「え、あぁ、ブラックコーヒーが、いいかな……。チョコレートは良くわかんないや」
そういうと彼女はくすくすと笑った。じゃ、勝手にチョコは選ぶから、なんていわれてしまう。さすがにお金くらいは持ってきたから彼女に払いなおす気でいたけど。
「これがボンボンショコラ、でこっちがえっとぉ」
なんかよくわからないけど。彼女にたくさんチョコの解説をもらって。
「どう? 中からキャラメルが出てくる感じ」
「うん、……ほんと、おいしい」
窓の外にはちょっぴり雪が降りかけていて。ひょっとしたら、姉貴が車椅子でこの店に来てくれるんじゃないか、なんて思って。……でも遠い街からこの街に来るなんて、ないよね。
「ん、どうしたの? 優太君?」
「えっ」
僕の頬にある涙に彼女の冷たい手が触れた。なにやってんの、もう……。
「美味しかったの? 涙出るくらい?」
「うん、なんか、美味しい……」
とっても、美味しい。甘くて、切ない、苦くて、やさしい。
「思い出した」
「ん? 優太君?」
「事故、聞いたことある?」
「……え、あ、知ってるよ。おじいちゃんの時代に一件ひどい車事故があったって。……言ってた、男の子と女の子がいて、二人とも飛ばされたんだけど、女の子の足がなくなっちゃったって」
―――あのね、
「それ、僕と姉貴のこと、なんだ」
店の一番端のテーブルで、僕は静かに泣いた。
しずくだけがポトリと落ちた。彼女を心配させまいと笑おうとしたけど、なんか、やっぱり
―――無理だった。
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