No.4
side 青木
暗い夜道。一人だった。久しぶりに歩いてみてわかった。
「こんなに寒くなってたんだ……」
かじかんだ手を温めてくれる人はもういない。夜空にも星なんて浮かばない。もう工業化した町には、自然の輝きなんて残っていないのかもしれない。
「ただいまー」
ドアを開ける。鞄を下す。靴を揃える。
どれも普通のこと。毎日、同じことの繰り返し。あの日から、ずっと。
「見て、優太。あそこのオルゴール屋さん、とっても親切なんだよ」
「興味ないよ、だってそれ、まわさないとならないんだもん」
「何言ってるの? 回すからこそ面白いんだよ。ふふっ、まだまだ子供なんだから」
「子供じゃないよ」
ったくよ、どこが大人なんだ……僕はあの時、確かに子供だったじゃねぇか。
軽い夕食を一人で取る。帰る人はいない。親父は今日は出張で帰ってこれない。
「さびしかったのかな、僕」
別にあんな些細なことで伊藤に怒らなくてもよかったのに。今日という日がーー誰もいないと思うさみしさがーー僕を弱くしたんだ。
「姉さん、どこにいるのかな……」
それは親父に聞けばわかることだった。でも、優太は一度も聞かなかった。会いたいけど、あったらきっと僕は壊れてしまうだろうから。
僕は部屋に戻るとクローゼットの中の小さな収納箱を開けた。僕はその中から小さな箱を取り出すと、色のあせかけた加工銀の羽をゆっくりと回す。
音が、流れた。
そして、やがて止まった。
「まるで命のようだ」
青木はそっと呟いて、オルゴールを収納箱に閉じ込めた。
ーー静かだ。とても。
なんだか、本当に弱虫なんだな。男なのに。
あの時以来、それをずっと痛感させられる。あの時僕が守れなかったのは家族で、優しくて、この世で一番といってもいいほどに、愛しい人ーー。
「ねぇ、何がほしい?」
ショーウィンドウを覗き込む奏。
「おねぇちゃんかな……嘘」
僕はうつむいて答える。
「んじゃ、可愛い弟にはーー」
そこで派手な音がした。
死へのカウントダウンかのように思われた。僕の体は宙を舞った。雪の降る寒い日に僕の紅いコートがべちゃりと反対側に落ちた。姉貴が、いない。姉貴は、どこ……?
「……!」
その時、彼女はこういった。
「……あ……あぃ」
彼女は泣いていなかった。いや、泣けなかったのが正しい。
「ひゃっ」
その姿に僕は逃げた。全力で逃げた。近くの人に泣きながら叫んだ。
「助けて! 助けてーー!」
あの日の夜ほどつらかったことはない。しかも、交通事故を起こした相手も天国行きだった。
両親も泣いた。もちろん僕も泣いたが、怒りの矛先も見当たらない。
ーー暗い世界の始まりだった。
「お前の姉貴、両足ないんだって?」
暗闇のどん底に僕は耐えきることができなかった。
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