No.3
♪キーンコーンカーンコーン。。。
(授業終わりか……)
「って!!!」
どうやら僕は寝てしまっていたらしい。しかも、その授業は数学……担任の平田の授業だった。
「おーい、伊藤君ーー」
いつも通りのその言葉よりも先に僕を引き留めたのは担任の平田だった。
『放課後、ちょっと来てほしいんだけど、大丈夫かな?』
「え、あ、……はい」
驚きと緊張があったせいか、僕は知らぬうちに先生の言葉を承諾していた。
「青木君、ごめん。今日はその……」
先生につかまっちゃって、と言おうとすると、彼はこう言った。
「待ってるから、大丈夫」
「でも、何分かかるかわから「教室で、待ってる」
僕の言葉も聞かずに彼は隣の教室へ帰ってしまった。なんだか、怒ってるみたいだ。
こんなことになるなら、数学くらい頑張って目を開けていればよかった。いつも青木君を注意しておきながら自分がまじめじゃなかったことの天罰だな……、伊藤はそう思いながら指定された教室へと足を進めた。長い長い廊下で、久しぶりに自分で足を使ったからか、腕の筋肉がぴくぴくと苦しそうな悲鳴を上げていた。
「伊藤君は、最近青木君と仲がいいのですか?」
一発目はそんなことだった。内心ほっとした部分もあり、心配する部分もあった。
「青木君が、どうかしましたか?」
僕がそう答えると彼は謎めいた微笑みでこちらを見返した。
「不登校が登校し、登校して数カ月たてば普通に授業に参加している。教師としては紛れもなくうれしいことではあるのだが。こんなにうまくいく話が存在するのかといいますか、……君という存在が青木君をよくしてくれたってことで「あの」
僕が切り込んだ。
「何が言いたいんですか?」
「これからも、仲良くしてあげてくださいってことかな。それと、彼を見守っていてほしい」
そういうと平田は立ち上がった。そして、
「これが今日の寝た分の埋め合わせ」
といって時計のほうをみた。ちょうど9分が過ぎていた。
「遅れてごめん、ってそんなに長くなかったけど」
「うん、帰ろ」
隣のクラスに行くと参考書を片手に持った青木が僕に近づいてきた。僕の椅子の近くで鞄にそれをしまうと、彼は僕のクラスから鞄をもってやってきた。僕の鞄を車いすの持ち手にかけると、彼は黙ったまま車いすを押して歩きだした。
「あ、あのさ……怒ってる、よね」
青木からの返事はなかった。
「今日の呼び出し、担任からの呼び出しだったから断れなくて……」
まだ、返事はない。
「ねぇ、青木く……」
僕は彼に何に怒っているのかわからなくて、つい、いけないことを聞いてしまった。
「僕が来る前、何してたの?」
言ってはいけない、ことだった。なにせ、彼は過去について語ることはこの数カ月過ごしてきて一度もないことだったからだ。言ったあとで伊藤は背筋が急にひんやりとしてきたのを感じた。
「ごめん……さっきの、なかったことにしよ……」
わがままな言葉が僕の口から飛び出る。事態を収拾すべく、脳よりも体が動いたという感じで。
それでも青木の返事は聞こえなかった。
(どうしよ、どうしよ)
伊藤は必死に考えていたが、言葉がつながらない。今日の授業のことを言えばいいのか、それとも昨日の笑い話でもすればいいのか。どれもが不正解なきがしてままならない。
すると、僕の家についていた。
「じゃあ」
それだけを残して、彼は去って行った。彼の帰る方向には街灯もなく、ただ深い闇のトンネルのような夜空と影が存在するだけだった。
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