まるで君に世界を映す僕みたい


「こんにちは、宜しくお願いします。乙女子といいます」
にこりと笑う綺麗な女の子の瞳がこちらに向いて、少し目を見開いた後一瞬にして僕だけに染まった。
その目がとても素敵だなと、感じたから一緒にいる。
ただそれだけの話である。







「今日も名前は天女さんにお熱?」
「おい善法寺…」
「駄目だよ留三郎、そろそろ覚悟決めないと駄目だ。分別つけなよ」
食堂の席について定食を待ちながら話す三人の六年生。
善法寺伊作と食満留三郎、潮江文次郎の視線の先には食堂のお手伝いである女と、留三郎と親友であった苗字名前の実に楽しそうな姿が映る。
留三郎はそれを感情の読めない目で一瞥すると、ふいと視線を外した。
「いいんだよ、アレで」
そのまま席をたち、食堂のおばちゃんの元へ定食を取りに向かう。
一人静かにA定食をみっつ受け取り席に戻る。A定食を渡せば、二人はそれぞれの反応を示した。
「留三郎、なんであんなヤツに構うの?」
「善法寺…少しそっとしておいたらどうだ」
「駄目だよ、僕あの人嫌いだから。正直イライラするんだよね、留さんが報われないにも程がある」
いつも温厚な善法寺伊作が憤っている。その上犬猿の仲であるはずの潮江文次郎に心配された。
しかしそれにさえ興味を示さず留三郎はA定食の蕎麦を啜る。
伊作が眉を寄せた。
「ねえ留三郎、おかしいでしょう。あの人は君の好意に気づいていたし、それを受け入れてもいた。正直、性的に好きだったんだろ?僕にはわかるよ、ずっと傍で見てたもの」
「えっ、そうだったのか留三郎」
文次郎が驚きの声をあげる。
「まあ、そうだな」
箸で器用に葱を取り除きながらまったく興味の無い声色で返す。留三郎のそんな様子を見て伊作はため息をついた。
「君から言わないと何も始まらないんじゃないのか」
「別に言っても始まらないさ」
「最初からそういう風に言うのっておかしくない?」
「可笑しいも何も、今のあいつには俺のことなんて頭に無い。それがまず可笑しいんだから他も可笑しくなるに決まってる」
少し間が空いた。伊作は呆れかえって目を伏せたが、すぐに顔をあげる。
「本当、昔から屁理屈が上手いよね、留さんは」
「褒め言葉と受け取るぜ」
「あーそう、厭味を厭味ととれないほどにアホのは組やってたんだね食満留三郎!」
「友達にそんな言葉を投げる性悪野郎だとは思わなかったな善法寺伊作!」
「おい!善法寺、落ち着けよ。留三郎もだ」
険悪な雰囲気になるのを慌ててとめる文次郎。
普段は仲の良い二人の喧嘩腰に周りの人々がこちらを向いた。いつのまにか席を立って大声を上げていたみたいだ。仕方なく席についた。

「ど、どうしたんでしょう、伊作さんと留三郎さん」
「さあ。また伊作が何かドジ踏んだんじゃない?それよりまた一年は組がさ…」
「あはは、名前さんったら」

食事を再開したら、食堂の受け取り口からそんな会話が聞こえてきて、三人は同時に顔を顰めた。
伊作が口を開く。
「留三郎、僕やっぱり許せないな、名前のこと。乙女子さんも悪いと思うけど、あの人はただの一般人だ。いつでも殺せる。でも名前は違う、は組でもかなり実践に強い方だ。どうやって処理しようかな」
「善法寺!」
「…あーやだやだ、冗談に決まってるだろ二人とも。そんなに睨まないでくれる?」
それと、と付け加えると、伊作は続けた。
「毎晩彼のこと思い出して女々しく枕濡らすぐらいだったら、いっそのこと乙女子さん殺しちゃえば?留さん」
「ぜ、善法寺」
「…やめろ伊作」
「見てるだけのこっちの身にもなってくれると有り難いな。保健委員の仕事があるからそろそろ行くよ、じゃあね二人共」
手を振って食堂から出て行った伊作の背中を見送る。
「…天女を殺す、なんて…おい留三郎、まさかそんなことしないだろ?」
目を細めて確認してくる文次郎に何も言わず席を立つ。
懐へと入れた右手には、クナイが握られていた。








「やあ、よろしく乙女子さん。僕は苗字名前だよ、これから仲良くしてくれ」
僕は彼女が元居た世界の恋人に酷似しているらしい。
彼女は僕をたいそう愛しいものを見る目で見てくる。
それが、それが僕が留三郎を見る目に、留三郎が僕を見る目にとてもよく似ていて綺麗だと思ったから一緒にいる。
ただそれだけの話であった。






fin.










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