彼女の口癖は「なんちゃって」だった


カランカラーンと景気良く鳴る鐘の音。
続くは「おー当たりィ!!おめでとうございまーす!」と言う陽気な声。
散る紙吹雪に眩い光。


「あー…‥懐かしい夢」

布団にくるまりながら、苗字名前はポツリとこぼした。
寝起きの声はかすれて低く、懐かしい夢の為か微かに違和感を抱かせる。
だが、それも顔を洗った頃には霧散する程度だ。
なにせ、この世の誰よりも親しむ、自分の声なのだから。

名前は、真選組創設に関わる松平公の親類である。
とは言っても、松平公の従兄弟の嫁の甥ののののという遠さで、普段はあまり気にされてはいない。
所属も派手な一番隊ではなく、何気に生存率が高いが地味な二番隊だ。

「おっはー」

「はよー苗字」

ようするに、通行人Aを名乗れるモブモブしい青年なのだ。
けして食堂で花を咲かせスポットライトをあびるタイプではない。

「おはようございます!山崎さん。今日の朝食は何かしら?」

「おはよう。乙女子さん。鮭定だよ」

綺麗な着物を着て朝日のような輝かしい笑顔を見せる乙女子に、名前はまた来たんだなァとぼんやり思う。
初めて彼女が来た時は、真選組に可憐な女の子が居るとは何事かと首を傾げ、誰の縁者だ紹介しろよと周囲を見やり、意外と言うか職業柄当然と言うか警戒心の強い山崎が本心からの笑顔で対応とは珍しいと驚き、アポなしのお客様という名の不法侵入者にドSコートを発揮しない沖田に誰だあれはと目を擦り、にっこり名乗っただけのバックグラウンドが藪の中な不審者にテレテレ優しい土方って悪夢だと布団に帰りそうになったものだ。
しかし、攘夷戦の最中に戦場に舞い降りたという天女様だぞと近藤が言うので、まぁ銀魂だから何でもアリか…と名前はあっさり納得して今に至る。

そう。
銀魂だから何でもアリ。そう納得するバックグラウンドが名前にはあるのだ。
冒頭のカランカラーンという鐘の音が、彼の秘匿すべきバックグラウンドだ。

(死んだら輪廻転生抽選会とか…思いもしねーわ)

鮭定食を手に席に着いた名前は、いただきますと手を合わせる仕草にため息を紛れさせた。
隣で同じ鮭定食を食べている同僚が気づかない熟練の技である。
アホらしい特技である。
しかし、名前が思い出す過去もまたアホらしい。
唐突に…道を歩いていて何か、たぶんプランターとかが落ちてきてクリティカルヒットで若くして死んで、混乱しているところを列に並ばされ、あれよあれよと言う間にガラガラ(正式名称・新井式廻轉抽籤器)を回したら金の玉が出てきてあれよあれよと言う間にこの世に転生しているのだから。

しじみの味噌汁をすすり、名前は夢のような過去を振り返る。
金の玉を出して書かせられたアンケート。それに、天寿を全うできる強さと運が欲しいと書いた。
沖田のバズーカが逸れて敵の切っ先が逸れて弾丸が当たると思えば盾になるべく看板が落ちてくる…‥真選組に入隊してから、アンケートをバカにできないとしみじみ思い。
また、鍛錬の先に身につけた強さは果たして実力かアンケートの魔力かと、名前は虚しく思う。

(乙女子さんみたいに、天女星人(仮)だからって理由があるなら気にせずにすむんだろうけど…)

近藤の恋バナという名のストーカー話しを笑顔で聞く乙女子の周りには、これまた笑顔の人だかり。

「押してダメなら引いてみろ!よ。近藤さん」

「マジで?忘れられちゃわない?これ幸いと、お妙さん忘れちゃわない!?」

「大丈夫!近藤さんが居なくて寂しくなっちゃうわ。…たぶん」

「たぶん!?」

「いいえ、きっと!近藤さんカッコイイもの!…‥なんちゃって」

「なんちゃってェェ!?」

乙女子に半ばからかわれている近藤を、鬼の副長やサディスティック星の王子たちがフォローしては突き落とす。
賑やかな一角に、名前は小さく笑った。
我先にと乙女子と話しをしたがり聞きたがる。その姿は泣く子がさらに泣きわめく真選組と言うより…

「おにーちゃんばっかりズルいよぅ。おかーさぁん、あのねあのね僕のお話し聞いてぇ」

ぽそり真顔でアテレコした名前に、隣で食べていた青年が米を吹き出した。
ちょっと驚いて丸くなった目を向ける名前に対し、口元をハンカチで拭う彼はじとりと半眼だ。

「苗字…思っても言うな。副長たちを見て思い出し笑いしたらどーすんだよ!?」

「切腹?」

「おまえがしろ!」

首を傾げた名前の頭を叩いた彼は、ぷんすか食事を再開したが時折口元がひくついている。
どうやら、笑いのツボにジャストフィットだったようだ。

そんな朝食を終えて、今は市中見回り中だ。
鈴なりの看板が騒がしい雑居ビルに挟まれた通りを、走り回る子供を避け可愛い女の子に目移りしつつ。
基本的に二人一組の見回りだが、今日は早々に相方が陣痛が始まったらしい妊婦を発見し病院へつき添い走ったので一人で。
だから、多発している引ったくりへの注意を、ミニスカ着物の可愛い子中心にしてしまうのもやむなしである。

そんな見回りの成果は…‥特に何もなかった。

ミニスカ着物ばかりを見てはいない。
さすがに名前も怪しげな路地裏に目を向けたりと真面目に見回った。
が、乙女子が江戸に居る時はそんなもので、さすが攘夷戦の天女と言うべきか、攘夷浪士たちは彼女を巻き込まないようにと大人しくなるらしい。

(桂が、屯所に宇宙怪獣ステファンのぬいぐるみを置いていったぐらいだなァ)

土方は侵入を許した事に怒り心頭だったが、乙女子が笑って喜ぶので過激な事も言えず結局イライラと頭を掻いて鎮火し。
桂を追うが役目の沖田も、今日は非番とばかりにアイマスク片手に欠伸をしていた。少し拗ねた顔で。

温い。そう名前は思うが、けれど騒動とは無縁に太平の世を生きた記憶がそれを良しとする。
だからこそ、桂の不法侵入の前に乙女子の不法侵入を気にしろというツッコミはしない。
乙女子さんに何言ってんだよ?という奇異な者を見る目で言われそうだから…という保身もあるが。

(ジャンプで見てたからか、真選組に居る方が落ち着くんだよなァ。危ないけどさ)

そこはラッキーマンだからオッケーと伸びをして、名前はのったり晴天の穏やかさと似合いの市中を歩く。
途中、何かと真選組と衝突する万事屋と笑いながら道を行く乙女子が居て、やはり平和だなァと思った。
フハハハハと高笑いする長髪のお坊様と白い布をかぶった怪しい存在が現れようと、青い空を仰いで見なかった事にして。
サイレンと共に爆撃音がしたが、誰のバズーカかなんて気にせず完全無視の心意気で。

なのに、何故それから数時間後に、雑草が茂った人気のない寂れた公園で、乙女子は陰鬱にブランコに座っているのだろう。
まさか、バズーカの余波で怪我をしたという事はないだろうと、名前は首を傾げ、これをスルーするとさすがに男が廃ると一つ頷いた。

「どうしました?乙女子さん」

「え?あ…あぁ、お名前、何だったかしら?ごめんなさい」

眉を下げて申し訳ないと顔にはっきりと表した乙女子に、名前はからりと笑い隣のブランコに座った。
手に触れる、ブランコを吊す鎖が錆びている。

「謝らないでください。名乗るのは初めてなんで。苗字名前と言います」

よろしくーと手を差し出すと、乙女子もにっこり笑顔で白い手を差し出した。
柔らかな、剣を持たない綺麗な手である。
さすが天女星人(仮)と、名前は妙に感動した。

「お疲れですか?乙女子さん」

握手したままの乙女子の手が動揺したが、顔は綺麗に微笑んで大丈夫よとうそぶく。
そっと柔らかな手を放し、名前は人当たりが良いのも問題だと軋むブランコをこぎ、んーと小さく唸った。
乙女子が気鬱を引きずって屯所に帰った場合を考えて、あまり楽しい予想が立たなかったからだ。
なにせ、初対面で相手の警戒心を根こそぎ奪い身内になる彼女の影響力は計り知れない。

「市中見回り中に万事屋と居るところを見かけましたけど、新八くんのツッコミを無視した暴走に巻き込まれたりしました?」

「ふふ。だーいじょうぶ!みんな…‥優しいもの。とっても」

隣でブランコをこぎだした彼女は笑っているが、名前には違って見えた。
時に、アンケートの魔力を疑い努力が虚しくなる自分の顔。それが今の乙女子と重なって見えたのだ。

(天女星人(仮)のパワーでみんなが優しい…のが、辛いって事?)

人には人のそれぞれの悩みがあるもんだと、名前は強くブランコをこぐ。
眼前に広がる青い空が少しばかり近づいて、このまま飛んでいけたら気持ち良いだろうと思った。逃避だ。

「みんなが優しいのは、ほら、あれですよ。乙女子さんが優しいからっていうね…ベタですかね?」

男が廃ると声をかけても、どうにも自分は上手くないなァと、名前は苦笑する。
それでもありがとうと言って笑ってくれる乙女子の優しさに、これは慕われて当然と思った。
が、

「…‥これもアンケートのおかげってやつかしら?」

小さな口からこぼれた微かな声に、ブランコから飛び立たんばかりに驚いた。
思わず、目を丸くして乙女子を凝視してしまうほどに。

「来世に欲しいものは?」

何度も思い返したアンケートの文句を口にした名前を、今度は乙女子が目を丸くして凝視する。
二人見つめ合い、何となく、本当に何となく意味もなく笑った。
少し泣けた。

「周囲から無条件の厚意…厚遇の厚よ?が欲しい。死にたくない」

震える唇で呟いた乙女子に、そう言えば彼女は初めて会った時から変わらないなァとぼんやり思う。
死にたくない。理不尽に、若いまま、何も成さないまま、死にたくない。それは名前も願った事だが、死ぬべき時に死にたいよなァと思うのだ。
老いて死ぬ事が人の理であり、また幸せでもあると。

哀しいような哀れなような、名前は腹がじんわり重くなるその感情の名をまばたき一つで諦めた。
求める意味がない。と。

「けっか!」

ガシャンと鎖を鳴らし、乙女子は軽やかにブランコから飛び降りた。
ひるがえる袖も髪も絵のように綺麗で、輝かしい。

「天下御免の天女様よ!」

にっこり笑った笑顔も。
名前は哀しくて愛しくて、少し笑った。
眉は下がったけれど、彼女の強がりに応えて笑った。

「なんちゃって」

なんて言って、ペロリと赤い舌をだして茶化しても、やはり乙女子は天女だと名前は思うのだ。
ただの女の子だと分かっているのに、この寂れた公園にあってなお、花を咲かせスポットライトを浴びる存在だと。

「まったく…‥さすが天女星人(仮)だね」

「なーに?それ」

けれど、なんちゃってと曖昧にするからこそ、彼女は手の届く存在なのだろうとも思う。
だから、名前はそっと願うのだ。
彼女の口癖は「なんちゃって」だった。そんなふうに過去形にならぬようにと。






fin.










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