アンニュイガールズ



退屈は敵なの。

だからこそ、自ら行動していかないと。

内に入りすぎないよう、外の外からね。





「まず、これ読みーな」



温い風が吹き抜ける屋上。昼休みの今、私はチョコクロワッサンを飛び散る生地と格闘しながら食していた。

目の前に居る、海苔が内巻きの太巻きを食していた緩い二つ結びの友達に差し出されたのはその子の携帯。
ディスプレイに表示されている文字の羅列にざっと目を通すと小説であることは理解できた。
最初はのんびりと、またこの子が書いた小説なのだろう、感想求められるから纏めとかないと、と思いながら読み進めていたがそんな呑気な雰囲気はどんどん失われていってしまう。
なんだ、これは。どこかで見たことがある気がする。

「これって、まさか」
「そ。そのまさか……例の乙女子の事例に酷似してませんか? ってハナシ」
「んな非現実的な話があるわけ……」
「ありえないものはありえない」
「それ、非現実的な漫画の台詞やろ。ここは現実や。あまーい非現実とはわけが違うっちゅーねん」

ジト目で目の前の子を見ながら、私は頭が痛くなるのと同時に体中の細胞が起き始めたのを何となく頭で理解し始めていた。
この子も私と同類なんだからきっとそうなんだろうな。
肝心のその友達は、私のジト目から逃げるようにわざとらしい下手な咳払いを一つする。

「第一に、全国の硬式テニス部の事をさも全部知っているような口振り。第二に、この四天宝寺を以下同文。第三に――」
「逆ハー補正その他諸々があるっちゅー独り言、第四に神に選ばれた愛されるべき女の子以下同文……やったか?」
「白石やん」
「そして正解」
「よ。当たったところでさして嬉しくもなんともないんやけどな」

声のした方向を振り返ると、私達と同盟を組んでいる人兼私の恋人白石が牛乳パックを片手に立っていた。
彼はこちらに歩み寄ると、私と友達の間に腰を下ろす。

乙女子さんは二日前、四天宝寺中三年二組に転入してきた可愛い系の美少女。
私達に何か刺激をもたらしてくれるのではなかろうかと、粗捜しとして転入前の学校を探したけれど不思議なことに見つからなかった。
そこから友達が色々と調べて今に至る。

小説の内容はこうだ。
ある女の子が携帯で夢小説を読んでいると、いきなり辺りが真っ白になって気がつけば目の前に美少年。
神と名乗るその男が「君を○○の世界に連れて行ってあげよう!」と言って、ある女の子は逆ハー補正やら容姿補正やら運動神経補正やらを頼み込む。
全ての条件をすんなりと受け取った神様はある女の子を高級マンションの最上階あたりに飛ばして、○○の世界へと足を踏み入れていった。

あまりにも非現実的な内容。
すぐに飽きてしまいそうな、退屈な小説だった。
けれども、これで乙女子さんの経緯は簡単に説明がつく。
そして何より、矛盾点がなさ過ぎる。

「これ、非現実的やけれど……一番筋通って違和感ないで」
「やろ? 八割方これで間違いないと信じたいっちゅー話や」
「非現実的やけれど?」
「非現実的やけれど」

白石も先ほどの小説を読んだらしく、呆れたといった表情だけれどその瞳の奥にはぎらりとした捕食者の炎が宿っていた。
嬉しそうに携帯を白石から奪い取った友達の瞳の奥にも以下同文。
私も傍から見ればそうなのだろうか、と思いながらにやりと口角を上げてみせる。


「ま、アンニュイ同盟としては絶好の獲物や。逃がしはせん」


私の言葉に呼応して、二人も同じように口の端が厭らしく上がる。

退屈な……アンニュイ生活をスリルあるものへ変化させる為の同盟が、アンニュイ同盟。
全部同じだから退屈じゃなくて、事件もない穏やかな日々は私達にリスクもスリルも背負わせてくれないから退屈へと誘ってくれてしまう。
それをちょっとしたところで計画、行動、結果を眺めるという行程でいじくって、脱退屈を狙うのが目的だ。

「ほな、早速作戦会議といこか」
「今回はリスク高めがええなぁ」

長々と様々な推測憶測を建て並べ突き崩し更にまたそれを繰り返して、を一時間丸々使い、計画は立ち上がった。
立ち向かうものは確かに非現実的なものだけれども、だからこそ脱却できそうだ。


実行は……今日の放課後。




「乙女子さんやったっけ? 俺、テニス部部長の白石蔵ノ介や。仲良くしたって
な?」




私の恋人が人当たりのいい笑みの底にスリルを期待する光を宿しながら彼女に近づいたら、計画開始。
ぱ、と頬を染めた彼女はすぐに男好きだと理解出来る。
脈ありなのかもしれない。
出だしは上々、予想通りの展開に近くにいた私も一緒に話していた友達も厭らしく目尻を吊り上げていた。
誰に惚れても惚れなくても、白石だけは絶対にあげないけどね。



さて、貴方はどんな風に私達の退屈を壊してくれるの?






fin.











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