一人ぼっちヒーローの嘆き


「苗字 名前を、おれさまのヒーローにしてやるよ!こうえいにおもえよ!」

年端もいかない頃、そうどうどうと告げられた言葉に、当時の俺は嬉しくてしょうがなかった。

だってあの跡部景吾が俺のことを、「従者」だとか「下僕」ではなく「ヒーロー」だと言ってくれたから。

景吾が、なにを思って俺を「ヒーロー」だとしたのかは分からない。

でも多分、あの日から景吾は俺のヒロインだった。


*****


あれから数年、景吾がテニス部部長となり生徒会長まで務めあげるようになった今、俺はというと、世間一般からは「不良」と呼ばれるようになっていた。
けれど、幼稚舎からの幼馴染みである俺たちは、相も変わらずつるんでいた。
金持ち坊っちゃんな上に美形でもある景吾は、よく絡まれていて、俺はそんな景吾を助けていた。
最近は、プライドの問題か頻繁に俺のことを「ヒーローだ」なんて言わなくなったが、それでも俺は景吾のヒーローで有り続けたかった。
そして、景吾も満更ではなかったはずだ。

けれど、それが壊されたのは数ヵ月前のこと。
乙女子という女が転入して来て、俺の日常は、がらがらと崩れ去った。

まず、俺のサボり場である屋上に景吾が来なくなった。いつもは「こんな所でサボるんじゃねぇ!」なんて言って俺の頭を叩いていたのに。
次に、一緒に帰らなくなった。どうやら、乙女子と一緒に帰っているらしい。
他にもたくさん、俺と景吾との間を繋ぐナニかが、ブチブチと千切れていった。
それでも、俺はまだ景吾の「ヒーロー」は俺であると、自分に言い聞かせ、いずれ自分の元へと帰ってくると、慢心していたのだ。
たかが数ヵ月過ごした女に、負けるはずはないと。
だから、俺は行動しなかった。
……いや、本当は、行動できなかった。
もし、景吾に面と向かって「ヒーローはいらねぇ」なんて言われたら、俺は耐えられないから。
そうして、うだうだしている内に、俺の居場所は乙女子に奪われてしまった。
景吾には、ヒーローではなくヒロインができてしまった。
なんて皮肉な話だろうか。


キスはした。
抱き締めもした。
お互い、なんとなく好き合っているのは分かっていたのだ。
けれど、決定的な言葉は言えなかった。


(俺がちゃんと言ってたら、おまえは俺の隣にいたのだろうか)


「なんてな」


自嘲気味に呟いて、くしゃりと前髪を握った。
この腕で景吾を抱き締めたのはいつだっただろうか。
真正面から景吾を見たのは?
笑って景吾と話したのは?
キス、したのは?

全部全部、あの女が来てからしなくなった。
ああ、分かっているとも。
俺はあの女に負けたのだ。
けれど俺は取り返そうだなんて思わない。
………思え、ない。
俺は男で景吾も男。
対して転入生は女。
勝敗は決まってる。

……なんて、言い訳でしかなく。


俺は、ヒロインを盗られたと嘆くことしかできない弱虫野郎なだけだった。


(おまえがいたから、ヒーローになれた)


*****


「嘆く暇があったら、さっさと来やがれ、名前」

テニスコートから屋上を見やり、呟く。
あいつは、変なところヘタレで意気地がねぇ。

「景吾?」

俺を見上げる乙女子に、俺はニヤリと笑ってやった。
すると、乙女子の頬はさっと赤く染まった。
それを、冷めた目で見てしまいそうになるが、どうにか堪えた。

「アーン?どうした、顔真っ赤だぜ?」

「も、もう!からかわないで!」

そう言うも、満更ではない様子の乙女子に、どこからか小さく失笑が漏れた。


―――利用されていることにも気付かねぇ、馬鹿な女だ。俺だけじゃなく、レギュラー全員、なにかしらの意図があって、構ってやってるのにな。


内心で嘲笑し、もう一度屋上を見た。


(この俺様のヒーローなくせに、うじうじしてんじゃねぇよ、バーカ)
(これ以上待たせる気なら、ヒロインから行動してやろうか?)






fin.










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