最後に紅茶を。 | ナノ
本気の恋はやめよう


周助さんの家に向かう途中、お姉さんは周助さんと少し話をしてから帰って行った。また会いましょう、愛ちゃん。そう言い残して。

「どうぞ。上がって」
「はい」

この間と同じソファに腰掛けると、周助さんはキッチンへ向かう。

「愛ちゃん、何飲む?」

飲み物なんて良いのに、とも思ったが、さっきまで泣いていた私を気遣ってくれているのだろう。お言葉に甘えて、この間も出してくれたカフェラテを頼むことにした。

「カフェラテが良いです」
「分かった、すぐ出きるからちょっと待っててね」

そう言って周助さんは、テーブルの上にあるマグカップにお湯を注ぎ始めた。それをじっと見ていると、また記憶の何処かが渦を巻く。何だろう、このデジャヴ感は。いや、デジャヴとかじゃない。今度ははっきりと思い出すんだ。ティーカップを差し出す少し幼い周助さん、それを受け取る私。ねえこれは、

「はい、愛ちゃん」
「……ありがとうございます」

誰の記憶ですか。周助さんは知っているんじゃないですか。
周助さんは自分のカフェラテを片手に、向かいのソファに座る。そして一つ息を吐いてから、いつになく真剣な顔でこちらを見た。

「愛ちゃん、聞いてほしい話があるんだ」

彼が話し始めたのは、一つの物語のようなものだった。

むかーしむかし。と、いうほどでもない十五年前のことです。あるところに、男の子と女の子がいました。二人は小さい頃からなかよしで、いつも一緒にいました。男の子は女の子のことが大好きでした。ずっと変わらず自分の側に居てくれると思っていました。そんなある日のことです。女の子は、男の子を置いて死んでしまいました。男の子は泣きました。毎日毎日、悲しみました。時が経っても女の子を忘れられませんでした。会いたいと願い続けた、女の子が亡くなって十五年経ったある日のことです。男の子は、女の子に再び会うことが出来ました。

めでたしめでたし。そう締め括るにはおかしい物語。だって一度亡くなった女の子に、また会えるわけないじゃない。

「周助さん、その女の子はもういない。亡くなった女の子には、もう会えないんですよ」
「……分かってる」
「分ってない。周助さんは何も分かってない。分かってたら、」

私にこんなに縋らないでしょう。離れないでと、綺麗な顔を歪めながら手を握らないでしょう。
周助さんは、私と以前好きだった女の子を重ねて見てる。初めてあったあの日、あんなにも優しくしてくれたのは、私が女の子にそっくりだったから。私に対しての優しさじゃない。
どうして気がつかなかったのだろう。控えめに飾ってある、幼い頃の周助さんと私にそっくりな女の子の写真に。私の二重になる記憶は、その女の子の記憶。あり得ない話だけど、私が写真の中の彼女の生まれ変わりだとしたら全ての辻褄が合うのだ。その事実は不思議と自分の中にすっと入っていった。

「……名前も、容姿も君と同じなんだ。だから離したくなかった。折角また会えた君を離したくはなかったんだ。だけど自分の行動が前世の君を傷つける気がして、罪悪感に耐えられなくなりそうで、君に会うのは怖かった」

ずっと前世の私のことを思ってくれていたんですね。でも、思い続けることと引きずることは違う。そんなの、「愛」さんだって望んでいない。

「周助さん。貴方の目の前にいるのは、写真の中の女の子じゃない。別の人間の、中野愛なんです」
「でも、君も愛の記憶を持っているんならっ」
「別れましょう、周助さん」

私達は、元々好き合ってなんてなかったんだ。周助さんが好きなのは私の前世。出会ってはいけなかったのかもしれない。お互いを壊すだけだから。記憶だけはあっても、過去と今を無理矢理結び合わせることなんて出来なくて。私と周助さんでは普通の恋愛はできない。だから。
この気持ちも前世の感情ということにしよう。私の気持ちなんかじゃない。そうじゃないと、今の私があまりにも報われないじゃないか。貴方が本当に見ているのは、私自身ではないのだから。

「愛ちゃん、僕は君のことをっ、」

やめて、違う。無理に言い聞かせたりなんてしないで良い。諦めさせて。

「周助さんが好きなのは「愛」。私じゃない、違いますか?」

無言は肯定、ですよね。
私は何も言わずに彼の部屋を出た。さようなら、周助さん。あの時助けてくれて、本当にありがとう。
消せなかった彼のアドレスを、今度は躊躇うことなく削除した。変な記憶に惑わされることも、貴方を思って辛くなることも、これでお終い。現世の私も周助さんのことを好きになってしまったなんて、そんなのはもうどうでもいい。だって、もしこのまま付き合っていても、彼は前世の私を見続け、本当の私は見てくれないだろうから。
人がこれを別れというならば、私は運命と形容しよう。

あの物語の続きは、もう、無い。

女の子は男の子に言いました。
「私はあの子ではありません」
男の子は女の子に言いました。
「ならば、あの子の分まで幸せになって」

「さようなら」

別れではありません。これが、彼らの運命でした。
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