最後に紅茶を。 | ナノ
この恋が恋であるうちに、


嗚呼ほら散っていく。ついこの間までは蕾だった桜も、何時の間にかふわり、ふわり。駄目、やめて、行かないで。この恋は苦しいだけで、辞めてしまえたら楽なのかもしれないけれど。それでも離したくはなくて、舞っていく花弁に手を延ばした。

会いたい、と。その感情はいつも突然芽生え、周助さんには迷惑をかけてしまう。彼はいつも僕もだよ、好きだよと安心させようとしてくれるけど、それは全て電話越しだった。今だってそう。「会えないですか」と聞けば、「暫くは忙しいから、ごめんね」と、いつも柔らかく断られるのだ。私と周助さんは助けてもらったあの日から、付き合っているというのに会ってはいない。それは彼の意図なのか、それとも本当に仕事が忙しいだけなのか。聞くことが怖くて、私はいつも胸の中に湧き上がる感情を押し潰す。

「はあ……」

こんなんじゃ駄目だ。気分転換に外に出ようと思い、誰に会うわけでもないしと一番近くのハンガーにかかっていた服を着て、財布と携帯を鞄に突っ込んだ。
一歩外に出ると、涼しい空気と日の暖かさが体に染みた。行き先は歩いていける距離にあるショッピングモールだったので、散歩にはもってこいの天気だ。

ショッピングモールの中は、休日だということもありかなり混雑していた。家族連れが多いけど、中にはカップルもいてちょっと切なくなる。僻んでも仕方ない、よね。出来るだけ気にしないようにして色々なお店を回っていると、スポーツショップの一角にある一つのラケットが目に留まった。

「これ…」

それに私は見覚えがあった。どこで見たのかは覚えていない。だけどひどく懐かしく、大切なもののような気がするのだ。そして、それを思い出すかのように靄にかかった何かが頭をよぎる。これはテニスコート…?そこにいるのは知らない男の子達。その中に、この間貸してくれた青のジャージを着た周助さんの姿もあった。どうやら私はフェンス越しに彼らを見ているようだ。周助さんは此方に気づくと手を振り、記憶の中の私も彼に手を振っていた。
待って、私は知らない。覚えのない記憶が頭に入っている。まだ15歳の私が、周助さんの学生時代の頃を見たことがあるはずないのだから。やっぱり、やっぱりおかしい。この記憶は誰の。

頭の中はごちゃごちゃで、恐怖すら覚えた。確かに私は周助さんを愛しいと思った。だけど、誰かの記憶が自分の記憶と混ざっているのだとしたら、感情もまた混ざっているのだろうか。これは、私の感情じゃないの?
その場に立ち尽くしていると、店員が此方をじろじろと見ているのがわかった。万引きするのではないか、と思われているのかもしれない。そっとラケットを元の場所に戻し、私は近くにあったベンチに腰掛けた。

全ては、周助さんに会ったあの日から始まった。この苦しいほどの恋心も、不可思議な記憶も。彼が原因ならもう関わらなければ良い。そうしたら全て元に戻る?だって、きっとこのままでは頭がおかしくなってしまう。逃げ出すことで全てが終わるのなら、私はそれを選ぼう。あれから一度も会っていないのは、逆に幸いかもしれない。今なら、引き返せる。
電話帳のフォルダから不二周助の画面を出した。そうだ、消してしまえ。けれど、私の中に芽生えた何かが邪魔をする。情けない。一人の人間にこんなに振り回されて。

溜息をつき顔を携帯の画面から上げて、ぼうっとモール内を行き交う人々を眺めた。老若男女、色んな人がいる。ああ、あの人凄い美人だなあ。スタイルも抜群だし。ああゆう人が周助さんに似合うんだろうな。周助さん、に、似合うんだろうな…?

「なん、で……」

ねえ、今日は仕事って言ってましたよね。帰りが遅くなるから暫く会えないって、そう言ってましたよね。どうして嘘をついたの。どうして周助さんがここにいるの。何より、何より。その綺麗な人は、誰なのですか。
幸せそうに笑い合う二人を見たら、どんどん涙が溢れてきた。そうだよね、よく考えたら私は15歳なわけで、周助さんは30歳。中学生を彼女にするなんて、遊びに決まっているじゃないか。
気がつかなかったなんて、なんて馬鹿なんだ。虚しくて、ああ今の自分はなんて滑稽なのだろうと思った。どうしよう、早く何処かへ行かないと。周助さん達が私に気がついてしまう。なのに情けなくも足は震えて動かない。動いてよ、早く、早く!涙と嗚咽で呼吸もまともに出来なくて、私はその場に泣き崩れた。赤ん坊みたいに、大声をあげて。止めようと思っても涙は次々と頬を伝っていく。何時の間にか、彼が私にとって重要な存在になっていたのかもしれない。上手く泳ぐ術が知りたい。こんな風に子供みたいに泣きじゃくることがないように、辛いことは避けて、すいすいと泳ぎたい。私はどんどん溺れていくだけ。
行き交う人々は好奇の目で私を見る。大きな泣き声に反応したのは周助さんも同じで、私に気づいたようだった。

「愛ちゃん!?」

戸惑ったような顔をしながら私に駆け寄り、とりあえず移動しよう、と私の肩を掴んだ。やめて、期待させないで。嘘を吐くならもっと上手に吐いてよ。私なんて放っておいて、その女の人と楽しく買い物していればいいじゃない。そのために嘘をついていたのでしょう?彼の手を、私は思わず振り払った。

「触らないでっ、下さい……!」
「愛ちゃん……」
「周助さんなんか嫌い!嫌い嫌い嫌い、大っ嫌い!!!何で嘘、吐いた、のよ、何で女、の、人と…わぁあああ!!」

ほら、私はまだ子供だ。愛なんて分からなくて、馬鹿みたいに泣き喚くことしか出来なくて。周助さんに、こんな顔しかさせられない。

「……愛ちゃん?え?周助、どうゆうこと……」
「姉さん、説明はあとでするから。……取り敢えず、僕の家行こう?愛ちゃん」

呆然と私と周助さんのやり取りをみていた女の人が、混乱の表情を浮かべていた。二股されてたって知らなかったからかな。なら混乱して当たり前だよね。そう思ったのも束の間だった。だって今、周助さんが姉さんって……

「……お姉、さん?え?彼女じゃ…」
「クス、僕の彼女は愛ちゃんでしょ。さ、行くよ」

困ったように笑った周助さんは私の涙を指で拭った。その刹那。周助さんのお姉さんが、ぐいっ、と。私の腕を引っ張った。

「愛ちゃんなのね!?生きてたの……!?」
「え?生きて…って、どうゆう……」
「姉さん!!!」

焦ったように不可解な言葉を発した彼女を、周助さんが大声で制す。生きてたの、なんて言われても私と彼女は初対面だ。死んだと勘違いされるほど疎遠になっていた仲なわけでもなんでもない。
私は悟った。彼は、周助さんは、何かを隠している。

「……行こう。愛ちゃん、おぶろうか?歩ける?」
「大丈夫……です」

溺れるのは怖い。酸欠は苦しい。上手く泳ぎたいのなら、この手をとってはいけない。それでも。
ちゃんと向き合って全てを聞こうと、私は差し伸べられた手に自分の手を伸ばした。
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