最後に紅茶を。 | ナノ
虚言と真実


「愛っ……!」

周助さんが私のことを呼んだ時、たまらなく切なくなった。愛しくて、抱き締めたくて、離れたくなくて。例えるならそう、ずっと好きだった人に久々に会えたみたいに。
男達から乱暴をされそうになった時、見ず知らずの私を助けてくれ、しかも服まで貸してくれた彼に少なからず好意を覚えたのは確かだ。だけどたったそれだけの理由で、数時間前に知り合った人に告白するほど私は軽くない。そのはずなのに私は彼に告げた。半ば無意識に、「好き」と。

抱き締めた時に香った周助さんの匂いに、胸が締め付けられるような気持ちになった。放っておけば壊れてしまいそうな彼は、私が触れれば更に壊れてしまう気がしたのだ。でも、私は彼を離そうとはしない。自分の意思じゃどうしようもなかった。まるで、自分の中にもう一人の自分がいて、周助さんを離したくないと言っているかのように。周助さんは戸惑いは見せたが拒否はしなかった。そして、そのまま私達の唇は重なったのだ。自分のしていることが信じられなかった。そして彼がこの行動に出たことも。キスなんて、本当なら幸せに満ちた行為のはずなのに。何度も何度も私の名前を呼んで唇を重ねる周助さんを見ると、虚しくなるだけだった。



「周助、さん……?」



突然我に返ったような顔をして、キスをやめた周助さんに疑問を抱き呼びかける。そうしたら、彼はまた切なそうな顔をした。その理由が何故なのか、私には分からない。聞こうとしたけど、自分の中の何かがそれを制した。



「ごめん」

「何でまた、謝るんですか……?」

「……気づいて、ないの?」



周助さんは私の頬にそっと手を延ばした。彼の手が肌に触れたのと同時に、その指先についたのは少しの水滴。



「泣いてる」

「……え?」



自分でも驚いて、頬を触ってみたら私の手にも同じ様に水滴がついた。そして、何かが切れたように涙が止まることなく流れ落ちる。



「あ、れ?何で私泣いて……っ、すいませっ…」

「……愛、ちゃん」



周助さんはまた私を抱きしめて、子供をあやすように背中を撫でた。落ち着かせるための行為のはずなのに、なぜだか不安に駆られる。なんでさっきと呼び方が変わっているの?さっきは、誰を呼んでいたの?
頭の中でそんな考えが廻って、余計に涙は頬を伝った。そして、「やめておけ」とわたしの中の本能が告げているのに、私はその忠告を無視して聞いてしまったのだ。やめておけば、ただの「被害者とその恩人」でいられたのに。さっきのキスなんて、なかったことに出来たかもしれないのに。



「周助さんが今私にキスした理由は、私のことが好きだからじゃないですよねっ…?」

「………」

「誰かと、重ねているんですか」



気がついたらそんな言葉が口からでていた。やっぱり、今日の私はおかしい。だってほら、何の根拠もないはずなのに、その勘は当たっているとしか思えないの。



「……どうして、そう思ったの?」



少し困ったように眉を下げた彼は凄く綺麗だった。今にも散ってしまいそうな、花みたいに。



「分からない、です……」



私が発したか細い声に、彼は何も言わなかった。怒らせてしまったのだろうか。時計の針の音だけが鳴り響いて、その気まずい沈黙を先に破ったのは私だった。



「あの、突然変なことを言ってすいません!お世話になりました、失礼します…!」



鞄を引っつかんで、彼から逃れるように足早に玄関に向かった。深く考えるのはよそう。何だか踏み込んではいけない気がするんだ。私のためにも、彼のためにも。今ならまだ引き返せる。周助さんは私の「恩人」で、それ以上でも以下でもない。キスをしたのは、お互い欲求不満だったから。そうだ、何だか癪だけどいっそこの理由で良い。
靴を適当につっかけて、ドアに手をかけた。だが、いくら引いても開かない。不思議に思っていると、頭上に影が出来たのが分かった。



「待って」



ドアが開かない理由は簡単だった。周助さんが押さえつけているから。ドアと周助さんに挟まれた私は、後ろを振り向けずにドアと向かい合ったまま立ちつくした。



「な、んですか?」

「聞きたいことがあるんだ。いいかな」



さっきの私の質問には答えなかったくせに、なんて仮にも恩人に言えるわけもなく、私は小さく頷いて返す。それを確認してから、周助さんは言葉を続けた。



「さっきの好きっていうのは、君の正直な気持ち?それとも、僕をからかったの?」



ねえ、どうしてそんなことを聞くの。聞いてどうするの。貴方は何を考えているの。だってどう見ても、貴方は私を好きじゃないのに。そして私もまた同じなのだと、気づいてるはずでしょう。お互い好きでもなんでもないんだよ。なんとなく懐かしくて、愛しくなっただけなのに。きっとこれは一時の感情。惑わされちゃ、いけない。



「か、からかってなんか……!ただ…」

「ただ?」



ただ、自分もよく分からずに言葉を発していたので整理が出来ないんです。そう言うと彼は少し考えた様な素振りをしてから、こう言った。



「それでも君の気持ちであることには変わりないよね。連絡先教えてくれるかな。僕と、付き合って欲しい」



駄目だ、駄目だよそんなこと言ったら。もう戻れない気がするの。惹きつけられた世界の先に答えがあるとは思えない。なのに、私は。



「分かり、ました」



好きなんじゃない。理由は分からないけど、ただ貴方が愛しかった。
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