最後に紅茶を。 | ナノ
君は誰


マンションに着いて部屋に入ると、由美子姉さんが前に泊まっていった時に「持って帰るのが面倒だから」と置いていった服を彼女に渡す。まだ学生で幼さの残る彼女には露出度の高い由美子姉さんの服は不釣り合いで、恥ずかしそうにしていた。学生にしては身長が高い方なので、サイズはちょうど良いことだけは幸いかもしれない。

「あの、この服…彼女さんのですか?勝手に借りて大丈夫でしょうか」
「姉さんのだから気にしないで。あの人、服は捨てるほど沢山持ってるから。……ごめんね、そんな服しかなくて。これ上に羽織ってて」

肩のスリットを気にする彼女に、自分が中学時代に着ていた部活のジャージを手渡した。卒業してから着ることはなかったけど、様々な思い出が詰まったものだから捨てることは出来ずにとっておいたのだ。自分の身長は中学時代高い方ではなかったので、彼女が羽織るとちょっと大きいくらいだった。

「せ、い、が、く……青春学園だったんですね。私の中学の近くです」

背中に大きく書かれたローマ字を読みながら彼女は言う。

「まあね。中学生なんだ。今何年生なの?」
「三年生。15歳です」

愛が死んだのと同じ年齢だ、とまた愛のことを考えてしまう僕は重症なのだろうか。いや、目の前にいる愛そっくりなこの子をみているのでは、無理もないのかもしれない。

「周助さんは、おいくつですか?」
「今年で30歳、だけど……あれ、名前教えたっけ……?」

突然、自然に呼ばれた名前に違和感を覚えた。なんでこの子が僕の名前を知っているんだ?ぼうっとしていればそのまま聞き逃してもおかしくはなかったが、表札にだって「不二」としか書いてなかったはずで。聞き逃すには余りにも妙だったのだ。

「え?あれ……何で私知ってるんだろ。なんか無意識のうちに呼んでました」
「………そう」

偶然だろう、ただの。家に置いてあるものに僕の名前が書いてあって、偶々それを見て無意識のうちに呼んでいたに違いない。それ以外に何があると言うんだ。
気を紛らわせるためにキッチンへ立ち、温かいカフェオレを淹れた。彼女に差し出すと申し訳なさそうにありがとうございます、と会釈する。お茶菓子にと何かないか探したが、大したものはなく適当に市販のクッキーの封を開けて皿に移した。

「美味しいです。クッキーまで…本当にすいません。何かお礼できませんか?」
「いや、いいんだ。寧ろここまでくるとお節介だよね。ごめんね」
「……周助さんって、優しいんですね」
「え?」
「だって、さっきから私が謝らなきゃいけないのに、周助さんが謝ってばっかり。本当に嬉しいんです、謝らないで下さい」

そう言って彼女はまたカフェラテに口を付けた。謝ってばっかり、か。無意識だったかもしれない。
それからは暫くお互いに無言で、僕はずっと彼女を眺めていた。やっぱり、似ている。そっくりだ。ただ会話をしたり様子をみている限り、性格や仕草は全然違う。愛の方がもっと男勝りだった。
そんなことを考えているうちに、自分は何を比較しているんだと嫌気が刺した。愛に似ていようがなんだろうが、彼女は愛ではないことは確かなのに。
こんなに彼女に親切にしているのは、彼女が愛に似ているから。愛と彼女の面影が重なったから、何かにつけて謝っていたのかもしれない。愛、あの時気づいてあげられなくてごめんね、って。別に目の前の彼女に謝っていたわけではないんだ。こんなことをして罪滅ぼしのつもりか。自分の思考の馬鹿馬鹿しさを自嘲した。
ふと顔を上げると、向かいのソファにいたはずの彼女の姿がない。それに気がついたのとほぼ同時だった。背中に回された腕と、密着する体。

「な、なに……?」

突然のことに驚いて、柄にもなく動揺してしまう。なんで抱き締められているんだ。彼女は震えた声で言葉を発しながら、さらに抱き締める力を強めた。

「何か、懐かしいんです……何でだか分からないけど、凄く。周助さんのこのジャージも、カフェラテ飲んでお話している時も、なんか、よく分からないけど…」

自分が何をしたいんだか分からない、とでも言いたげな顔で彼女は言った。

「自分の気持ちなのに自分の感情じゃないみたいで、さっきから切なくてっ……周助さんに、抱き締めてもらいたいって」
「………愛?」

ねえ、何でそんなことを言うの。常識じゃあり得ないでしょ。今日出会ったばかりの男の家で、今日出会ったばかりの男にそんなことを言うなんて。
そして、今僕が呼んだ名前は目の前にいる彼女に対してなのか。それとも、愛と重ねてるのか。自分でも分からなくなってきて、頭の中はごちゃごちゃだ。

「好き………」

そうか細く呟いた彼女は、自分が言ったことに対して驚いている様子だった。でも僕はずっと保っていた何かが切れて、気がついたら自分も彼女を抱き締めて、口を深く重ねていた。

「愛っ……好き、だ」
「しゅ、すけさっ…」

たまに漏れる吐息が余計に僕を煽った。分かってる。今僕が呼んでいるのは目の前の彼女じゃない。15年前に死んだ愛の名前だ。
だけど、もし目の前の彼女が愛の生まれ変わりなら?全ての辻褄が合うじゃないか。彼女自身も分からない不可解な言動、似すぎなくらいの容姿、僕の名前を知っていた理由。きっと彼女は「愛」なんだ。だから、重ねても何の問題も無いんじゃないか。
そんな都合の良いことを考えながら、夢中で彼女にキスをした。

ずっと、君に会いたかったよ。



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