最後に紅茶を。 | ナノ
そんなわけない


咲くには早い桜並木を歩きながら、家へと向かった。最近は会社が忙しくて、こんな遅い時間に帰路につくのが当たり前になっている。家に帰ったら風呂に入ってすぐに寝よう、なんて思いながら窮屈なネクタイを少し緩めたその時だった。

「っ…け…て…誰か!」

何処からか女の人の声が聞こえてきたのだ。こんな時間にそんなまさか、と思って一旦止めた足をまた進めるが、やはりその声は気のせいでは無かったようだ。

「やだ!誰かあっ……!」

何だかまずい気がして、今度ははっきりと聞こえたその声の方へと走り出す。ついた先は住宅街から孤立した公園で、そこには二人の男達に抑えられた女の子がいた。

「そんなに叫んでも誰も来ねーよ!」

もしかしなくても強姦だろう。流石にここまできて見て見ぬ振りは出来るはずもなく、警察を呼ぶにも時間がなさそうなので自身でなんとかしなくてはと背後から男二人に近寄った。幸いにも彼らは女の子に夢中で自分には気づいていないようだ。

「大人しくしてろよ!ごほっ!?」
「おい、どうし……うっ!」

持っていた鞄を振り上げ、男達めがけて思いっきりおろした。昔テニスで鍛えておいた力は幸いにも衰えていないようで、二人は呻き声をあげて倒れこむ。その隙を見て女の子の手を引いた。

「!?あのっ、」
「早く!走るよ!」

乱れた服装を気にしている女の子の腕を再度強く引き、勢いよく駆け出した。すぐに男達が僕らを追いかけてくる。相手は二人だし追いつかれてしまっては敵う気がしない。無我夢中で逃げて、気がついた時には彼らの姿は見えなくなっていた。

「はあっ、ここまでくれば大丈夫……っ、だろうね。怪我はない?」
「は、いっ……何とか。あの、ありがとうございました」

お互いに上がった呼吸を整えながら会話を交わす。彼女をみると、格好が恥ずかしいからなのか、顔を上げようとはしない。無残にも破かれた制服が痛々しく感じた。

「何でこんな時間に……」
「部活のあとに、友達とファミレスで話してたらおそくなってしまって…すいません」

注意の一つくらいしようと思ったが、本当に申し訳なさそうに謝るので何も言えなくなってしまった。そのまま俯いた彼女を見て、ふと思った。そんな格好で家に帰れるのだろうか。聞いてみると家は一駅先の住宅地なので電車に乗らないと帰れないらしい。この格好で電車には乗れないよなあ。

「うち近いけど、着替えてく?」
「え………」

言ったあとに無神経だったと後悔した。あんなことがあった後、一人暮らしの男の家に行くなんてどう考えてもあり得ないだろう。やばい、自分もそうゆうの目当てだと思われただろうか。

「ごめんね、無神経だったね。着替えだけ渡すからここで待ってて。僕のマンションすぐそこなんだ」
「い、いえ!わざわざ持って来てもらうなんてことできません!。その、ご一緒させてもらえますか?」

そう言って初めて顔を上げて僕を見据えた彼女に、心臓が止まるかと思った。嘘だ、そんなまさか。どうしてこんなところに君が居るんだ。

「………愛…」
「………?…何で私の名前知って…」

愛に似すぎている。あまりにも。ただ違うのは、髪が長いってことくらい。それに、思わず零してしまった愛の名前と彼女の名前が同じだということにも驚いた。

「あ……えっと、……制服の名札に、かいてあるからね」

動揺を隠すようにそう言って誤魔化した。本当は名札なんて今気づいたのだけれど。彼女はそれで納得したようで、優しく微笑む。

「申し遅れてすいません、中野愛です。先程は本当にありがとうございました」

運命の歯車が狂う音が聞こえたのは、きっと気のせいじゃない。
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