最後に紅茶を。 | ナノ
今でも君を思ってる


今見る世界を例えるなら何色だろう。そんなことをよく考えた。黒?それとも白?考えるだけ無駄だと気づいたのはつい最近だ。君のいない世界は、色なんてないのだから。

「お邪魔しました。また来ます」
「ありがとう。……でも周助君、忙しい時は無理して来なくても良いのよ。きっと愛だって周助君が幸せになることを望んで……」
「僕の好きで来てるんです。引きずるのは良くないって分かってるけど……もう少し、時間を下さい。いつもお邪魔してすいません」
「そんな、家はいつでも大歓迎よ。またいつでもいらっしゃい」
「ありがとうございます。それじゃ、おやすみなさい」

そう言って僕は愛の家を出た。

「明日で15年、か……」

愛が死んでから明日で15年経つ。15年間、僕は毎週欠かさずお線香をあげる為に愛の家にお邪魔させてもらっていた。誰が見ても未練たらたらで、おばさん達もいい加減迷惑と感じても良いくらいなのに毎週僕を歓迎してくれているのだから恵まれているのだろう。それでも、未だに受け入れることが出来ない自分に腹が立つ。
15年前のあの日、学校から帰宅した自分に母から突然告げられた言葉が今でも耳にこだまするんだ。

「周助、落ち着いて聞いてね。愛ちゃんが、愛ちゃんが……!」


たちの悪い冗談はやめろよ、ってあの時は思った。そんなの嘘だって。けれど、母さんの後ろで目を真っ赤にして泣いている姉さんをみたら、信じざるを得なかった。
頭の中が真っ白になった。それは息をするのも忘れてしまうほどの衝撃を僕に与えたのだ。愛が死んだ?だって、彼女はただの肺炎で、明後日には退院する予定で、先週会った時は一緒に話して、元気そうで。

「さっき愛ちゃんのお母さんから電話がかかってきたのっ……!愛ちゃん、肺炎なんかじゃなかったんだって。周助だけには言わないでって、最後に悲しませたくないからって、そう言ってたって……」

母さんはそう言うと泣き出してしまった。僕はただただその場に立ち尽くし、彼女の死を受け入れられずに15年も経ってしまったわけだ。
会いたい。
彼女はもういないのに、何度も何度も願ってしまう。好きだった。大好きだった。ずっとずっと、誰よりも。
だけど僕は勇気がなくて、彼女にそれを告げられなかった。そしてそのまま、彼女はいなくなってしまった。こんなことになると分かっていたならちゃんと伝えられたのに。
愛はきっと、僕を悲しませないために辛そうな素振りを何も見せなかったんだ。今ならば分かる。最後に会ったあの日、僕にいきなり「抱きしめて」と言った理由。怖かったよね。辛かったよね。僕は、その時に一回り小さくなった彼女の体に気づいてやれなかった。

ねえ、愛。
僕は君に何が出来た?

「不二君!」

背後に聞こえた声に僕は振り向いた。そこにあったのは急いで追いかけてきたのであろう、息を乱した愛のお母さんの姿。

「どうしたんですか?こんな時間に出たら風邪引いちゃいますよ」
「大丈夫、私は健康だけが取り柄だから。あ、それでね。この間愛の病室に置いてあった本をめくっていたら、間に手紙が挟まってたのを見つけたのよ。見てみたら宛先が周助君だったの」

そう言っておばさんは一通の薄っぺらい封筒を差し出した。15年も前のものだから、白かったのであろう封筒は黄色く変色してしまっている。

「愛、からですか?」
「そう。私も読んでないから、家に帰ったら読んであげてくれる?」

そう言っておばさんは切なげに笑った。笑うと少し垂れる大きな目が、愛を思わせる。

「………勿論です。ありがとうございます」

封筒を鞄にしまい、お礼を言うとおばさんは「それじゃあまた来週ね」と来た道を戻って行った。何故だか、僕は暫くそこから動けなかった。







エレベーターで自分の階まで上り、部屋に入った。なんとなく今日は気分が重い。早く手紙を読みたい気持ちもあってか、部屋着に着替えることもせず、そのままソファに体を預け鞄から封筒を取り出した。

「不二へ」

封筒に綴られたそれは紛れもない愛の字で、久々に見たそれに僕は自然と頬が緩み、文字を指でなぞる。この封筒を切ったら何が書いてあるんだろう。見たい、だけど怖い。緊張しながら封を切ると、中から出てきたのは綺麗に折りたたまれた水色の便箋。一つ呼吸を置いてからそれを開くと、そこには短的な、でも僕がずっと望んでいた言葉があった。

「ずっと言えなかったけど、大好きでした。幸せになってね!」

ぽたり、ぽたりと。涙が頬を伝った。便箋が水玉模様に変わっていく。一粒落ちては、また一粒。止まることを知らないそれは、まるで僕の15年分の思いを洗い流すかのように。

「僕も、好きだった……!」

愛が死んでから初めて声をあげて泣いた。あんなに綺麗だった水色の便箋はしわくちゃになっていく。

ねえ、愛。
君がいない世界で幸せになる方法がもしあるのなら、お願いだから教えてよ。僕一人では見つけられないから。
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