最後に紅茶を。 | ナノ
閉じた絵本のそれからの話


長針がまた一つ進み、時計は待ち合わせの時間を告げていた。周助さんの姿はまだ見えない。先に席に着いてメニューを開いた。緊張のせいもあってか、酷く喉が乾いているのだ。

「アイスカフェラテとアイスティー、どっちにしよう」
「アイスティーが良いんじゃないかな」

鼓膜に心地よい振動を与えたテノールは、紛れもない彼のものだった。

「周助さん……」
「ごめんね、お待たせ」

そう言って向かいの席に座った周助さんは四年前と殆ど変わっていなかった。敷いて言うならば少し細くなったかな、と思う程度で。想像していたほど気まずくはなく、少し話をしてから店員にアイスティーを2つ注文した。

「この間は取り乱してごめんね。……自分でも、気づかないうちに動いていたんだ」

その言葉から、周助さんはまだ愛さんのことを忘れられていないことが読み取れた。胸の奥がぎゅっ、と締め付けられる。どうしてこんなにも痛々しいほどに、人は誰かを愛するのだろう。

「私、この四年間で色々なことを思いました。周助さんのことを忘れようと必死になって、だけど忘れられなくて。いつも頭の片隅に周助さんがいたんです。だからこの間会った時……私には精市がいるのに、周助さんに会えて嬉しかった。抱きしめられた時、私も背に手を回したかった」

私と周助さんはどうして出会ってしまったのだろう。何度も何度も考えた。出会わなければこんなに辛い思いはしなくて済んだのにと運命を恨んだ。でも、最近やっと気づいたんだ。私と周助さんが出会った理由は前世の後悔を晴らすためなんかじゃない。愛さんも望んだ、「周助の幸せ」を見届けるためなんだ。それがきっと、私の使命。

「ねえ周助さん。私ね、周助さんのこと大好きだったよ。きっと愛さんも本当に本当に大好きだったんだよ。周助さんに今でも思ってもらえて、幸せだと思う。でも愛さんが本当に望んでいるのはそんなことじゃなくて、周助さんに前に進んでもらうことだと思うんです。だからけじめをつけましょう、私達」

ちゃんと笑えてると良いな。四年もかけて導き出した私の答えだから、今度こそ後悔なんてしない。
店員が「お待たせしました」とアイスティーを二つ置く。周助さんは何も入れずに飲んでいたので、私も真似をしてみたら少し渋く感じた。

「……僕は」

暫くしてから口を開いた周助さんの表情は泣きそうだった。やっと聞くことが出来る。四年前に逃げ出してちゃんと聞くことが出来なかった、彼の気持ちを。

「君自身を好きになろうともした。だけどやっぱり、何処かで愛と重ねてしまってたんだと思う。だから君を傷つけてばかりだった」
「……はい」
「あんな形で終わりじゃなくて、愛ちゃん自身に重ねてごめんねって、謝りたかった。愛のことは今でも好きだよ。だけど今の君は、愛の幻影としてじゃなくて一人の女性として凄く綺麗に見える」

アイスティーに波紋が広がる。目に張った水の膜が落ちたのだ。私が泣いちゃいけないのに。止まれ、そう願うほど涙は頬を伝った。だって、今の周助さんがあまりにも綺麗だから。

「駄目だよ、泣いちゃ。愛ちゃん最後なんだから笑って。僕も我慢しているんだから」
「周助さっ、好き。好きだったよ。大好きでしたっ…」
「僕も、……愛のことが大好きだった」

初めて恋をしたのは周助さんだった。
初めて愛したのは精市だった。

どちらも大切な人で、天秤にはかけられないけど。大切に思うことの形は、一つじゃない。周助さんとは、別れることがお互いを思うことだったんだ。

「周助さんが前に話してくれた、あの物語の続きをずっと考えていたんです。別れが私達の運命で、お互いがお互いの幸せを本当に望むなら、答えは一つだけだなって」

運命を変えることは出来るのかもしれないけど、変えることだけが全てじゃない。変えないことが正解の時もある。

「幸せになって下さい。周助さんのこと、絶対、絶対忘れません」
「君もね。……幸村と、幸せになって」
「はい」

笑い合ってお別れ出来るのだから、四年前よりも大分前に進めたと思う。周助さんに会うのはこれで最後だろう。名残惜しいけど、私を待っててくれている人がいる。席から立ち上がって歩き出すと、横目に周助さんが泣いているのが見えた。愛さん、貴女はこんなにも周助さんに愛されていましたよ。自分の命のことよりも、周助さんの幸せを願った貴女を前世に持ったことを私は誇りに思います。前世の貴女が願ったことを私が壊さない為に、私は彼とさよならをします。お互いに前に進みたいと思います。周助さんに、幸せになってもらうために。そして、前世の私の分までも、私は幸せになりたいと思います。私を世界で一番愛してくれている人のもとで。
店から出たところで私は崩れ落ちた。周助さんの涙を見てから、不思議なくらいに涙が止まらないのだ。こんなところで立ち止まっている暇はない。自分で決めた道だ。辛くても、苦しくても。常に前を見て、進まなければいけないんだ。

「おかえり」

一瞬、幻聴だと思った。だけど確かにそこにいたのは私が生涯を掛けて愛すると誓った人。わざわざ、待っていてくれたの?ずっとこんなところで。

「最後の自分勝手なお願いを聞いて欲しいんです」
「なんだい?」
「私は、周助さんに本当のさよならを言いに行くために精市と別れようと思いました。付き合いながら、周助さんに会うことはやっぱり出来ないから。……だから、もし私が周助さんと話をして、それでも精市の気持ちが変わっていなかったら……」
「待つよ。いくらでも待つ。だから、愛もちゃんと戻ってきて。約束だよ」

あの約束を、守ってくれた。ねえ精市。弱虫で臆病な私だけど、少しは強くなれたかな。精市を世界で一番愛せるくらいに強くなるから。

「精市っ、精市……!」
「頑張ったね。……頑張った」

小さい子をあやすかのように私を抱き締め、背中を撫でた精市がどうしようなく愛しく感じた。散々不安にさせてごめんね。待たせてごめんね。今度こそ貴方だけを思い続けるから。もう、嘘なんてつかないから。だから、どうか笑って迎え入れて。

「ただいまっ……!」



沢山の人の思いが詰まった、この気持ちを無駄にしないために。責任を持って、一生貴方を愛することを誓おう。

きっとこれが、私達の最後の恋。

最後に紅茶を。 完結
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