最後に紅茶を。 | ナノ
きっと全てを抱き締めるから


よくある心理テストのような話をしよう。もしこの世が今日で終わるといわれたら、貴方は何をするだろうか?大切な人に会う、全財産をぱあっと使い切る、好きなものを食べまくる。返ってくる答えは十人十色で、そのうちのどれもきっと不正解ではない。その人が最後にやりたいと思うことを、悔いのないように出来ればそれが正解なのだ。そして人間の殆どが、余計なことは考えずに本能のままに決断を下し、悔いのない最後を迎えるだろう。
ではそれを世界の終わりではなく、日常生活に置き換えてみてはどうだろうか。不思議なことに、殆どの人がプラスにならないと分かっている選択肢の中で、これでもかと悩むのだ。そして下した決断は後悔するものが多い。
この二つの提議の違いは、後先を考える必要があるかないかということだ。日常生活で欲望のままに決断を下してしまえば、後に何が起こるか分かったもんじゃない。世界の終わりだから、思ったことを実行出来るのだ。
ならばもし、今日が世界の終わりだったら。私は違う決断をしていたのだろうか。自分でも分からないところにある欲望を曝け出し、違う行動に出ていたのだろうか。そんなことを考えても、今日は世界の終わりでもなんでもないから答えは分からないけれど。

「それは、本気で言ってるの」
「……ごめんなさい」

私の下した決断は。幸村精市との別れだった。

「理由を教えてもらえないと納得出来ない」
「……精市のことを嫌いになったわけじゃない。ただ、一度けじめをつけたいんです」

そう言うと、精市は余計訳が分からないといった顔をした。それもそうだ。振るんなら、嫌いになったとか、冷めたとか。そうゆうはっきりと諦められる理由があった方が納得出来る。嫌いになったわけじゃない、なんて一番未練を残させるような、狡い言い方だ。話すのは怖い。この人に嫌われてしまうかもしれない。それでも、けじめをつけると別れを告げた以上は、きちんと理由を話さなくてはならないのだ。初めて愛してあげたいと思った人だからこそ、これ以上逃げたりできない。

「周助さん……、不二周助との関係を、お話しします」

ずっと隠していたことを話すのはこんなにも勇気のいることなのか。話し始めた時の声は自分でも驚くほど震えていた。
全て話した。前世の記憶を持っていること、周助さんに出会って好きになってしまったこと、だけど周助さんは私を亡くなった幼馴染としてしかみてくれなかったこと、そして私は逃げ出したこと。精市に逃げていたということも、先日由美子さんに会って周助さんと話をすることになったということも。包み隠さず、丁寧に、全部話した。幸村さんは終始頷いていたが、何を思ったのかは私にはわからなかった。

「周助さんに会うのに、まだ幸村さんと付き合っていることは出来ない。これ以上悲しませたくないし、中途半端なことをしたくない。だからっ」
「待って。勝手に一人で決めないでよ。不二と会うって、なんの為に?不二は君のことを好きじゃないんだろ?だったらまた愛が傷つくだけじゃないか」

私と別れたくないからという理由だけでそう言うんじゃない。幸村さんは本当に私を心配してくれているんだ。

「分かってます、傷つくかもしれない。意味がないかもしれない。だけど、いつまでも自分だけ傷つかないように殻に篭っているわけにはいかないんです。私は桃春のことも、幸村さんのことも、由美子さんのことも、周助さんのことも。沢山、沢山傷つけて迷惑かけちゃったから」

閉じこもっているのは楽だった。薄暗い部屋を桃春や精市は照らしてくれて、私はその日が当たる一角に立っているだけで良かったから。でも目を逸らし続けた日陰をふと見てみると、そこにはいつも蹲った昔の私がいるのだ。あの日の私に手を差し伸べてやらなきゃいけない。照らされているだけじゃなくて自分が照らしてやらないと、そこはずっと日陰のままなのだ。

「……もし」
「……はい」
「もし、不二が君のことを好きだと言ったら、どうするつもりなんだい」

藍色の髪が揺れる。幸村さんの表情はそれに隠れて見えなかった。

「……答えは決まっています」
「……そう」
「だから、精市に自分勝手な約束をお願いしたいんです」

約束を聞くと精市の目に涙が伝った。たった一筋の涙。だけどその涙の中に、今までのどれほどの思いが込められていたのだろう。我慢ばかりさせてごめんね。私が味わっていた思いと同じ思いをしてごめん。だけど、これで最後になるから。
ぐっ、と喉の奥から熱いものが込み上げてきた。違う、私が泣くところじゃない。これで終わらせるために幸村さんに話をしているんじゃない。私にはまだやることが残っている。

「後悔はしない?」
「分からない。今日は世界の終わりじゃないから」
「え?」
「あはは、ごめんなさい。こっちの話です」

今日は世界の終わりじゃない。だから必死で生きて、限られた選択肢のなかで、一生懸命考えるのだ。幸せになるために。

「ねえ精市」
「ん?」
「貴方を愛せて良かった」
「俺も、愛を愛してて良かった」
「ちゃんと約束、守るから」
「信じてる」

一歩を踏み出すのは怖い。それでも、進まなければいけない。ずっと好きだった人と、愛した人との約束を果たす為に。
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