最後に紅茶を。 | ナノ
花を手折りて君を追う


外はまだ雨が降り続けていた。沈黙の二人の間には、遠くから聞こえるしとしとという雨の音だけが流れていく。びしょびしょの私を部屋まで連れてきた由美子さんは、「これ使って」とバスルームから持ってきたタオルと彼女の服らしきものを貸してくれた。なんだか周助さんと初めて出会った日に交わしたやりとりに似ている。こうゆう変にお節介でお人好しなところは二人とも似ているんだな、なんて思いながら貸してもらったタオルでがしがしと濡れた髪を拭いた。

「そんなに強く拭いたら髪の毛痛んじゃうわよ。貸して、拭いてあげる」
「えっ、だっ、大丈夫です!」
「良いから、遠慮しないの」

半ば強引にタオルを奪われて、由美子さんは私の髪を優しく拭き始めた。髪なんて他人に拭いてもらうのは幼い頃以来で、何だか恥ずかしいし気まずい。由美子さんの綺麗な手が、最近染め直して少し痛んだ私の髪の上を滑って行く。

「ふふ、昔に戻ったみたいな気分ね。小さい頃はよく愛ちゃんの髪でこうして遊んだわ」
「……それは、周助さんの幼馴染の愛さんの方ですよね」
「そう、貴女にそっくりのね。ううん、「貴女がそっくり」の方が正しいかしら。はい、拭きおわったわよ」

由美子さんの表情は見えなかったけど、きっとせつない顔をしていたんだと思う。その証拠に、私にこんなにも無理矢理な笑顔をむけるのだから。
私は周助さんや由美子さんにこんな表情ばかりさせてしまう。私の存在が彼らに辛い思い出を蘇らせるんだ。愛さんという、二度と戻ってはこない彼等の大切な人を。

「ねえ、愛ちゃん。覚えてるかしら、4年前のこと」

正直動揺したわ。「周助さん」って泣き叫んでいる女の子がいるだけでも驚きなのに、その女の子の容姿が亡くなった愛ちゃんにそっくりなのだから。
そう私を見ながら言った由美子さんも、やっぱり私と愛さんを重ねてみているのだろうか。由美子さんは、周助さんが私のことを好きだったんじゃなくて、愛さんと重ねて見てただけだってきっと気付いてる。由美子さんだって私と愛さんを重ねて見ているのだから。

「何も知らなかったんです、あの時は。ただ周助さんのことが好きで、誰にも渡したくなくて。他の誰かと重ねてるなんて知らなかったから、あんなに悪足掻きして、今思えば本当に無様ですよね」

もしもっと早く、周助さんは私のことを見てくれないって気がついていれば、こんなに苦しむことはなかったかもしれない。もっと早く、別れていれば。今だって、ただ精市の側で笑っていられたのに。

「私は弱虫で逃げてばかりの卑怯者です」

報われない恋は嫌いだった。私は精市みたいに大人じゃなかったから、見返りをなにも求めずに周助さんを愛することなんて出来なかったのだ。
こんなことを言ってしまって、由美子さんは何を思うのだろうか。俯いた私の頭にそっと添えられた手は、凄く暖かく感じた。

「愛ちゃん。辛かったでしょう、私達に振り回されて。亡くなった知り合いと重ねて見られるなんて普通ならたまったものじゃないわ。あなたは弱くも卑怯者でもない、全て悪いのは私達なの。ずっとそれを抱えて、前世と現世に挟まれて生きていく必要はないわ」

由美子さんの言葉は不思議なくらいすっ、と私の胸入っていった。私はずっとこの言葉が欲しかった。周助さんを無条件に愛することが出来なかったのは私の弱さだけど、辛かったよねって。私は悪くないよって。でもね、一つだけ私が思うことと違うことがあるの。

「由美子さん達も悪くないです。誰も、悪くない」
「愛ちゃん」
「確かにお互いに弱い部分はありました。周助さんだって、私に縋りつくほど愛さんを忘れられない弱いところがあった。でも弱いことは悪いことじゃないんだって、最近思うんです」

皆、大切な人がいるだけなんだよ。我儘だろうが、間違ったことをしようが、それでも大事にしたいと思える誰かが居て。自分とそれを天秤にかけた時に、きっとどうしようもなく弱くなってしまうんだ。
私も同じように中途半端なことを散々してきて、桃春にも精市にも迷惑をかけてしまった。だから、このままじゃいけない。何回も何回も決意しては折れたこの気持ちを、今度こそ形にしなくてはいけないんだ。自分のためにだけじゃなくて、私のことをいつも思ってくれる人のために。泣いて嘘を重ねてばかりで辛かった。だからそのせいで周りを同じ気持ちにさせるようなことはしたくない。そんなんじゃ、もっと辛くなる。

「愛ちゃん。周助ともう一度会って話してみる気はないかしら。4年も溜め込んできたその気持ちをあの子にぶつけてほしい。それで、周助の4年分の気持ちを聞いてあげて。このままじゃ、誰も幸せになれないわ。お願いします」

頭を下げた由美子さんに、私は小さく頷いた。
答えなんてどうなるか分からない。周助さんが何を思っているのかも。確かなものは、自分の中にある思いだけ。ならその唯一の確かなものを決して無駄にはしたくないのだ。
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