最後に紅茶を。 | ナノ
どうぞ馬鹿だと微笑んで


周助さんと会ってから数週間が経った。私の中では大きな出来事だったけど、世の中にとっては些細な出来事で、世界は当たり前のように今日も廻る。過去に捕らわれて、目まぐるしく過ぎていく日常に取り残されないように。今私を大切に思ってくれる人を大切にできるように。そう意識するよう必死だった。

「珍しいね、愛からデートに誘うなんて。いつもなら大学の人にばれたらまずいからとか言うくせに」
「気分が向いたからですー。それに今日は」
「一ヶ月記念日、だからだろ?」

そう言って微笑った幸村さんに私も照れ臭いながらも微笑い返す。そう、今日は幸村さんと付き合い始めて一ヶ月の記念日。だから、初めて私から幸村さんを夕食に誘った。幸村さんみたいに慣れてないから気の効いたことは出来ないけど、考えて考えて、お洒落なお店を選んだつもり。次々と運ばれて来る控えめに乗せられた料理を、慣れた手つきで口に運んでいく幸村さんをみるとなんだか嫉妬してしまう。なんて、私も案外幸村さんにベタ惚れなのかもしれないと思った。
付き合い始めたきっかけは今思い返してもやけくそだったと思う。周助さんを忘れることに必死だった。だけど、今はこの人を愛したいと心の底から思える。
小さな幸せを噛み締めながら会話していると、時間が経つのはあっという間で全ての料理を食べ終わってしまった。コース料理なだけあってお腹に溜まる。

「お腹いっぱいー」
「愛、次行くとことか決めてる?」
「んーん。おまかせします」
「じゃあちょっと付き合ってくれないかな」
「あ、お会計」
「平気、もう払ってあるから」

手を引かれてレストランを出た。たまには格好つけたくて、この日の為にお金を貯めていたのに、幸村さんには敵わない。なんか大人の余裕みたいなのがあるんだよなあ。
車に乗るのかと思ったら歩いていくみたいで、「どこに行くの?」と聞けば「内緒」の一点張り。そのまま20分ほど歩くと何年ぶりだろう、久々に嗅ぐ潮の匂いがした。それとザザァ、という波特有の水音。堤防で見えないけど、海に連れていかれるのだということだけは分かった。
階段を降りて砂浜に入ったが、他に人影は見えない。夜の海なんていうのは初めてで、恐怖と高揚感とでなんとも言えない気持ちになった。大切な人とそれを共有できることがただ嬉しくて、繋がれた右手に力を込めた。

「喜んでくれた?」
「凄く、嬉しいです」
「ふふ、こんなので喜んでいるんじゃこれからどうなるんだろうね?」

その発言の意図が分からなくて首を傾げると、「ちょっと待ってて」と幸村さんは空いている右手でポケットを探り出した。ポケットから出した指先には光るもの。それが何なのか、聞かなくても分かる。

「泣きすぎ」
「だってっ」
「でももっと泣かせていい?」
「やだっ…!待って」

心の準備が、という前に幸村さんは困ったように、それでいて幸せそうに笑って私の左手の薬指にそれを通した。
どうしよう、この人のことが愛しくて仕方がない。綺麗な顔してるくせに意外と強引な所とか、こうゆう時は優しそうなクセに実は余裕ないとことか。指輪だって、この人ならさっきの綺麗なレストランみたいなところで箱ごと渡しそうなのに、実際はポケットから直に取り出すちょっと雑なところとか。全然期待通りじゃないクセに肝心なところはちゃんと期待通りの言葉をくれるの。彼はいつだって私を素敵なお姫様にしてくれる。

「愛、君を愛してる」

それでもまだあの人を頭に過ぎらせる最低な私なんて、いっそ殺してくれても構わない。
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