最後に紅茶を。 | ナノ
思い出は鍵をかけた箱の中


形容出来ないほどの複雑な表情をした周助さんが、脳裏に焼き付いて離れない。彼が私を抱きしめた時、私は何をしようとした?幸村さんが止めに入っていなかったら、私は彼の背に手を回していただろう。幸村さんの目の前で。散々周助さんのことを過去に捕らわれてるだのなんだの思ってたけど、なんだ、同んなじだ。私と彼は酷似している。臆病なところも、未練がましいところも、そして嘘が下手な癖に吐き続けるところも。

「美味しかったです、また来たいなあ」

店を出て車に乗り込むと、そう幸村さんに笑いかける。幸村さんは「そうだね」とだけ言って車にキーを差し込んだ。だけどそのまま動かそうとはしない。不思議におもって「幸村さん?」と問いかけたのと同時に、目の前に広がったのは藍色だった。幸村さんが運転席から乗り出して、いきなり私を抱き締めたのだ。驚いて体が硬直してしまい、身動きがとれない。嗅覚を掠めるのはさっき出会った人の匂いとは確かに違うもので、罪悪感に駆られた。

「手、背中に回さないんだ」
「っ!」
「不二の時はまわそうとしたのにね?」

こんなに綺麗でもやっぱり男の人なんだ、と実感せざるを得ないほどの強い力。幸村さんはそのまま私の後頭部に手を回し、唇を私の耳元に近づけた。

「ねえ、不二とはどうゆう関係なんだい?」

耳元で吐息混じりに囁かれて全身が震えた。少し乱暴に行われたこの行為は、彼がするとひどく妖美だ。それと同時に鳴り響く心臓。何て答えれば良いのだろう。

「ふふ、面白い顔だね。冗談だよ、別に言わなくて良い」
「え……?」
「不二と何があったのかは知らないけど、過去の話だろ?過去に嫉妬しても仕方がないからね。それに、今近く居るのは俺だ」

その言葉はぐさりと私の胸に突き刺さった。以前の私とはあまりに違う考え方だったから。そうか、あの時の私は周助さんの過去に嫉妬していたんだ。一番近くにいたのは自分だったはずなのに。なんて滑稽で愚かだったのだろう。幸村さんは私と似ても似つかない。凛と強いところも、嘘を吐かないことも、今を真っ直ぐ見つめるところも。私にはないものを全て持っていて、精一杯愛してくれる。私と周助さんの関係が気にならないはずないのに、彼はこんなにも優しく私に笑うのだ。

「幸村さん」
「ん?」
「さっきも言ったけど好きだよ。幸村さんのことが好き」

私は今まで愛されることしか考えてなかったのかもしれない。周助さんのことが好きと言いつつも、愛されないことが分かれば気持ちを抑制しようとしていた。愛されようとする前に、目一杯愛することが出来なくちゃいけないんだ。この目の前の彼のように。そういえば誰かが言っていたきがする。愛は見返りを求めてはいけないと。
幸村さんに近づき、白い頬に手を添える。驚いたような顔をした幸村さんにはお構いなしに、私は彼の唇に自分のそれを重ねた。こんな私を愛してくれるこの人に応えたい。愛するより愛される方が楽とか、愛されないから愛するのをやめるとか。そうゆう損得勘定なしに心から愛してあげたいと思ったのはこの人が初めてだった。
思い出は鍵をかけた箱にしまってしまおう。未来に進むために。私はこんなにも私を思ってくれるこの人を幸せにしたい。
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